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2014年01月09日 (木) | Edit |

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からだの力を抜くって誰も教えてくれない。。。
力を抜くことが良く出来るという人も、よくよく見ていると本人が出来ているつもりでいるだけ。。。

ひとつには、頑張ることしか学校や社会では教えてくれていない。力のぬき方はその人まかせ。
もうひとつは、力を抜くことはだらっとすることだと多くの人が思いこんでいるから。

力を抜く難しさは、力を抜かなきゃ抜かなきゃと努力するほどに、逆に力が入ってしまうこと。
じつは意識的努力によっては力が抜けない。

意識の指令によってできるのは、筋肉を緊張させること。
抜くためには、自分が緊張していることに気がついて、意識のスイッチ(手綱・管理・縛り・判断)を切って緊張するのをやめること。
だから、ああしようこうしようと自分のからだを操作することより、まずからだを十分に感じることが大切。
そうすれば、あとはからだの重さを感じて地球の重力にまかせて行けば、力が抜ける。

力を抜くことは、思わず知らずの緊張努力によって、からだの中に背負いこんだ頑張りを解除すること。
だから力が抜けると、からだもこころもスッキリする。
トドのように、ぐったりべったりだらりとするわけではない。

重荷をおろした時のように、からだが軽くなり、からだの動きが滑らかになる。視野はひろがり、背筋が伸びて背丈も伸びる。
からだの中の障害物(筋肉の強張り)がとれて、血液・体液の流れや神経の循環が良くなり、からだの内側から元気が出てくる。
からだの感覚も繊細にはたらきはじめる。
からだの中が空っぽで風通しが良い感じがしてくる。

本来、誰もがからだは柔らかい。もともと柔らかくできている。
自然は、からだを柔らかく作ってくれている。
柔らかさが顔を出すには、頑固な意識をほどいていかなきゃ。
自分が自分のからだを固いと思っている限りは、力が抜けませんよ。
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全力を出してと云いますが、すべての筋肉が柔らかくほぐれているからこそ、すべての筋力を、運動や行動に集中することができます。逆に物事がうまくいかない時には、からだの中の気づかない(無意識の)緊張が集中を妨げているわけです。

緊張による循環障害は、脳の働きも低下させます。

困難に挫けそうなとき、自分の努力が足りないと思うより、自分のからだの中に、十分に力を出きしれない原因があると考えたことはありませんか?越えようのない困難を神さまは人間に与えるようなことはしないと思います。

野口体操ほどに、からだの力を抜くことを徹底し、そこに人間の可能性を深く探求し続けたボディーワークはないと思います。日本文化の根底に連なる「からだとことば」の再発見と復活が野口三千三先生と竹内敏晴氏の仕事だったのだと、いま私は考えています。
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(私自身、野口先生から直接に指導を受けましたが、野口体操の看板を背負うのは適格者がいらっしゃると思うので、からだの力を抜くことの可能性を「ZEN体操」の名称で探り続けようかと、最近考えています。)

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