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2020年06月26日 (金) | Edit |
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ZOOMレッスン(オンライン教室)を始めてから、足のことが気になりだしている。

たいていは野口体操の基礎『 ぶら下がりの動き 』から始めて行くのだけれど、参加してくれる人の身体の状態・状況を確かめながら、無理のないやり方で身体の感覚を深堀りして行くと、どうしても「足の緊張」に行き当たる。足首から足先、足の中の感覚が鈍い。緊張することで内部感覚が押し殺されてしまっている。

普通に緊張といえば、肩や首、腰の痛みや不快感をうったえることが多い。けれどもレッスンの中で私が気になるのは足先の無自覚な緊張である。とくに最近ではそれが顕著になっている。コロナの影響も考えられるかも知れない。

足の中身が固まっていると言うことは、非常にバランスが悪い。立っているとき、歩いているとき、足の中の感覚が鈍くなっていれば、土台が不安定になる。基本の在り方は、立った姿勢では足裏がふっくらと柔らかく床に接していて、バランスが崩れそうになれば、微妙に緊張を働かせて、土台(足裏・重心)の調整をしてバランスを保っているのが良い。

常駐してしまった足の内部(足・足首・足先)の筋緊張によって、そのバランス調整が十分に働かなくなったとき、躓いたり、段差を蹴ったり、足を踏み外したり、滑ったりコケたりと非常に不安定なことになる。怖いことだ!さてどうしたら良いか。

一つに、当然のことではあるが、足の内部の緊張=筋肉の硬直を緩めて、緊張に締め付けられて鈍くなった神経の働きを取り戻せばよい。足の裏に顔があるとすれば、しかめっ面ではなくて、ニコニコ顔にしてやれば良い。解放された表情の方が、気持ち良く働ける。これがレッスン(野口体操)でのやり方だ。

ところがたいていの人はそうはしない。バランス調整のもう一つのやり方を頼る。役に立たなくなった足の感覚を無視して、頭=意識の能力を使って安定を保とうとする。

脳が、視覚・聴覚などの神経からの情報を頼りに、身体に命令・指令をくだしてバランスを取ろうとする。そのため意識がバランスの担い手となり、常に神経をとがらせることになる。歩いている限り、立っている限り、脳神経が休まることが無い。だから休むことは寝転がって、或いは椅子にもたれてダラッとすることだという常識が生まれる。

『足』で「立つ・歩く」ではなく、『頭』(意識のコントロール)で「立つ・歩く」へと、身体行動の意味が変転してしまう。すると重心が胸から上(頭)にあがって、コケそうななれば慌てて肩や首を固める。腰にも大きな負担がかかる。脳のコントロールが腕・肩・首・腰への操作を強いるためだ。

その緊張が常駐することが、肩こり腰痛、首痛の原因となる。過負荷、余計な努力を自らに強い続けることになるのだ。こうなると、寝転がっただけでは休むことが不可能になる。

「からだ」さんとしては、もうこれ以上の無理遣りは止めてください。と、メッセージを発する。強烈な痛みでもって、身体への無理無体な使役(扱き使い)をブロックして、もうこれ以上やると身体はもちろん心も壊れますよと、警告を出す。

『 足元を見なさい 』とは、昔からよく言われること。コロナに振り回される中、どれだけの人が自分の足元を見ただろうか。むしろコロナ禍・コロナ対策などといって、頭ばかりに閉じこもって世間を眺めて戦々恐々としている。こころとからだの重心は、前頭葉に上がりっぱなしで、不安定極まりない。恐怖はいや増すばかり。さらにそれを抑え込もうと思考に頼ることで、そのうち限界が切れて、プッツン!

身体の中を突き通る、大地より流れ込むいのちの流れが渦巻いていると、思考は揺すぶられ、思考の世界に閉じこもることができなくなる。意識(思考)にしてみれば、腹立たしいことこの上ない。水道の元栓を締めるように足先を固めてしまえば、からだを内側から突き上げる力はコントロールされ、思考に集中出来る。然し思考(意識)によって、コロナを駆逐することは、そもそも可能なのだろうか???

いまは地に足着けて、自分の内的な自然=「からだ」との関係を修復して行くことが必要かもしれない。歪んだ眼差しではなくて、ものごとをあるがままに観る素直な眼差しを取り戻すために。諸々明らかに観て、納得のうえでコロナで死ぬのなら、それもよし!と言えるように。


オンライン教室、おかげさまで無事にスタートしました。なにより毎回楽しくやっています。興味をお持ちの方は、気楽にご参加ください。こちらでご案内しています。

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