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2020年06月07日 (日) | Edit |
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この本を本棚から手に取ってみると、「ああ、読まなくては!」とことばが心に浮かんできた。

もう三年ほどになるか?全くと言っていいほどに本を読んでいない。還暦までにもう十分にインプットしたから、もういらない!あとはアウトプットするだけだ!などと嘯(うそぶ)いていたが、どうやらそれは間違っていたようだ。

以前は、この混迷の時代に、どう生きて行けばよいのか?そのことを知りたくて、一生懸命に書物を読み漁ってきた。けれどももうこれ以上に触手を広げても仕方がないだろうというような、諦めに捕まってしまっていたようだ。

そもそも私が石牟礼道子さんの作品に興味を持ったのは、人類の行く末、その展望を見せてもらえるような気がしていたからだ。

新たな時代への胎動と、垣間見られる未来の光。私がそして私たちが、どこへ向かったらよいか、その飛翔への手がかりを石牟礼さんの作品や文書が私に与えてくれると思っていたのだ。

答えを探して遠くへ遠くへと流離(さすら)う気持ちに、三年がかりでブレーキを掛けていたのだろう。ようやく暴走を止めて、これまでに培われた自分の経験を元手に、今一度読み流してきた本を読み深めて行く。そこから私自身の行く末と言葉が生まれてくるのかもしれない。

Book Cover Challenge のおかげである。物を書くのが苦手な私が、その楽しさにふっとはまってしまったのは、ちょうどそういう時期であったのかもしれない。腹をすかせた野良犬のように、よだれを垂らしながらあちこち嗅ぎまわるのはもう止めて、足元にある扉を開きなさいと、誰かに言われているような気もする。

5月末から、オンラインレッスンを始めた。コロナ自粛で4月5月と、地域センターが使えなくなった。友人がZOOM教室をしないかと誘ってくれた。オンラインでモニターを介してのレッスンなど思いもよらなかった。からだとことばのレッスンは、リアルに直接に人と人との繋がりを開いていくものと内心決めつけていたのだろう。

友人が声をかけてくれなければ、この八方塞がりの状況に、諦めの中へと沈み込んでいただろう。それがオンラインのテストを重ねるうちに、変化が生まれて来た。

簡単に言えば、ZOOMレッスンはより高度な身体=魂のコミュニケーション、その質=深さを問われることが見えて来た。

普段のリアルな関りと言うのは、実はかなり誤魔化しがきく。楽しく浅く広くで良いのだ。ところがオンラインではそれができない。動画や文字情報を垂れ流すだけでは教室が成り立たない。

一方通行の情報の受け渡しなら、教師はいらない。本や動画を見れば事足りる。オンラインでコミュニケーションが成立するためには、コミュニケーションを成り立たせている、スピリット(魂・霊性)への言及が、ますます切実なものになってくるだろう。

そうでなければ私たちは、人間では無くて情報端末になってしまう!

この辺りのことは、「からだ」では手ごたえを感じているのだが、まだ言葉にしきれていないので、荒っぽい説明で申し訳ないけれど、こんな眼差しを私に開いてくれたのが、石牟礼道子さんである。この視野をもっと広げていきたい。

私も、今なら少しはまっとうに石牟礼さんの本を読めるだろう。日にち薬をたっぷり頂き、正気を取り戻せたように思っている。拡げることよりも再読して読み深めて行きたい。そんな本にも Book Cover Challenge のおかげで再会できた。コロナのおかげが、実はいっぱいありそうだ。(村上洋司さん、ありがとう♪)

私の母方のひい爺さんは僧侶だったので、家系図がある。たどって見ると生まれは島原・伊古村庄屋とある。

僧侶をしていたひい爺さんもだが、母のお父さんも個性的な人だった、筑紫野の村では赤褌(あかふん)の藤さんと呼ばれていた。その息子(母の弟)も傑作な庶民(笑)だった。

石牟礼さんの長編小説『アニマの鳥』は天草四郎、島原の乱を題材にしている。懐かしい人が物語の中を往来しているように思えてくる。そんな人たちとも、出会ってみたい。書くことで叶うことかも知れない。

石牟礼道子さんは、宮澤賢治とおなじく、言霊の語り手である。

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