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2020年06月04日 (木) | Edit |
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「ものごとの表層に眼を留めるのではなく、ものごとの向こう側へと眼差しを向け続けること。」

本の中に、アイリーン・スミスさんと水俣病患者さんの対話が描かれていた。水俣病患者さんの発症に伴う発声障害によって、言葉の意味を聞き分けることが難しい。

文章からは、アイリーンさんが患者さんの言葉を聞き分けることに、必死に神経を注いでいるのが良く分かる。一歩も引きさがることをせずに。緊張の糸を緩めることなく。

その二人の対話を読んでいる私も、アイリーンさんにつられて、患者さんのことばに注意を注ぎ込む。同時に、読者の位置と言うのが面白いのだが、アイリーンさんが意図している以上に、患者さんの発する言葉の向こう側の世界へと、眼差しを開かれて行く。

言葉の表層上に並ぶ意味を越えて、患者さんの内的な世界に直接に触れさせられる。言葉以前のその人自身=存在の中に渦巻く生命の胎動とでもいおうか。そこにこそ真っ当な人間が発見される。

石牟礼道子さんの眼差しは、もしかしてこれかも知れないとふと思った。水俣病に関連する様々な事件に向かい合うときに、彼女の眼は眼前の出来事の表層を貫いて、向こう側の世界に注がれていたのではないだろうかと。

この表紙もそうだろう。海の波の向こうに、石牟礼さんは海洋科学や地学の眼差しを向けているわけでは無い。表層の波の変化や、海底の光景を想像しているのわけでは無いのだ。海の波の踊るさまに魅かれ、争いの世の向こう側に導かれ、「いのち」そのものの姿と相まみえているのだろう。石牟礼さんの語る言葉は、あの世からの言伝(ことづて)となる。

『ものごとの表層に眼を留めるのではなく、ものごとの向こう側へと眼差しを向け続けること。』これは「からだとことばといのちのレッスン」を進めるうえでの、現在の私自身の課題でもある。それがいくらか身について来たのかもしれない。こんな考えが浮かんでくるくらいだから!

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