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2020年05月19日 (火) | Edit |
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表紙の図案、首から下げたポシェットのような絵がある。甲骨文字で「サイ」と読む。漢字の「口」の字の原型だ。

日本語ではこの「口」を人間の顔にある「くち」の省略形と考えている。漢字の始まりの国、中国でもそのように見てきたようだ。

漢字の「口」へのこのような意味付けは、後漢の時代、紀元100年に当時の漢字辞典『説文解字』で解説されたもの。以来現代にいたるまで「口」=「顔にあるくちのかたち」という説明が決定的なものとして、考えられてきた。

それに異議を唱えたのが、辺境の国(日本)の学者、白川静さんだ。漢語圏で2000年近く続いてきた「通説」を、「口」は「くち」であるという「常識」を覆したのが、白川さんである。(現在、学者の間では白川説が通説となっているそうだ)

表紙の文字(図案)「サイ」は、神に祈る時に言葉を納める「器(うつわ)」。人間と神様を繋ぐ郵便ケース。呪具とも言う。

ガリレオガリレイが地動説を唱えたことで、当時の人々の、物の見方や考え方・行動の形が、その後、様々な場面で変化して行ったことだろう。旧来の考えを見直し新たな思想が生まれただろう。教会という権威の否定も起きたことだろう。。。

白川さんは、不合理・過ちにしがみ付きそれを正当化しようと権威にひれ伏し信奉する苦しさや、その胡散臭さから、魂の自由へと、私たちの眼を開かせてくれたのではないだろうか。

開いた口(くち)の意味から、神に祈るための口(サイ)へと、私たちの理解を根底から覆した白川静の業績は、ガリレオが地動説を提起したことに匹敵すると私は見ている。

土台や基礎が変化すれば、その上に乗っかっている全ては、当然変わって行かざるを得ない。本当の変革はそこから始まるのだろう。いやそれはもう始まっているのだ。時代が揺れ動いている。

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