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2019年01月31日 (木) | Edit |
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力を入れると、伸びていた筋肉が縮んで「ぎゅっ!」となる。これが緊張だ。「 緊 」は「ひきしめる」、「 張 」は「はる」。話が進めやすいように、ここではこれを筋肉的緊張あるいは筋緊張と呼ぶ。

「明日試験なのに緊張してしまって眠れなかった」「人前に立つと緊張してしまい何も言えなくなってしまう」「怖いことがあって(緊張して)動けなくなってしまった」こういう時にふつうは「筋肉が緊張してしまった」とは言わない。

この場合、意識に昇るのは、「考えがグルグル回って不安が収まらない!」「言葉に詰まって話そうとするほどにドキドキしてしまって苦しい!」「パニックになってしまい、コントロールが効かない!」というような、通常の平静な状態からはみ出してしまった気分と体感である。意識から見た緊張なので心的緊張という。心緊張とも。

筋肉的緊張であるが、この緊張はじつは意識に昇ることが無い。筋肉が縮んで強張ると、筋肉の中を通る神経や血管は圧迫されて、感覚は遮断あるいは鈍麻される。筋肉内の感覚が遮断されれば、脳への情報は届かなくなる。からだの中の『ブラックホール』である。

以前、大阪で身体の緊張(筋緊張)をほどいていくレッスンをした時のことだが、中年の女性から声をかけられた。恥ずかしそうに「じつは前回このレッスンを受けてから、便秘が治った・・・らしい?」というのである。

もう十数年ほどひどい便秘が続いていて、医療はもちろんヒサヤ大黒堂やら何やら、ありとあらゆる手を尽くしたのだが、全く効果が無かったのが治ってしまったというのである。

話を聞いていくと、彼女は商家の長女で、15年前に先代が亡くなった時に、大規模な葬儀を、必死に一人で切り盛りしたという。それ以来便秘が続いていたことを思い出したというのである。葬儀と便秘とが関連あるとは考えてはいなかったようだ。

大阪の商家の葬儀がどんなものか、私は知らないが、まだ若い身空で、親戚筋や取引先に粗相のないように、自分の苦労や無力感を身を固めて押し殺し、何とか勤めを果たしたようだ。

身を固めて、つまり身体を緊張させて、心の不安を払拭することで、乗り切ったのだろう。その時の過度の筋肉的緊張=筋肉の強張りが、葬儀の終わった後も身体のどこかに残っていて、消化器系の正常・自然な働きを、物理的に阻害していたのだろう。

先に述べたように、身体内に筋緊張のブラックホールを抱えていたのである。

お医者さんは、筋肉の強張りを観ない。あまりひどい場合は、神経内科を紹介されるだろう。

心因性とされれば脳や神経の異常を探すが、医者も当人もブラックホール(常態化・固定化・無感覚化した筋緊張)をその原因と見ることは無いだろう。便秘を腸などの消化器系の問題と見たとしても、やはり筋肉の強張りは見落とされる。

ところが、常態化してしまった筋肉の緊張に気づき、それを解除する=「ゆるめる」ことで、便秘が解消されたのである。ブラックホールが彼女の身体の中で15年の歳月に渡って、いたずらをし続けていたのだ。

ブラックホールは意識に昇らない。けれどもそれは、身体内の自然な活動、血流の循環や調整作用を物理的に阻害する。ブラックホール自体は信号を発することが無いが、その周辺の器官の働きやその他の筋肉の十全な働きを妨げ、その結果としてそれらの健全な器官が不快感を信号として脳に届ける。

気分が落ち着かない、気分が重い、動悸が止まらない。イライラする。心が休まらない。胃が重たい。肩こりがする。片頭痛、異常な痛みなど、心的緊張としてブラックホール警戒警報が、私たちに意識されるのである。

ふつう医療は、心的不安や不安感・不快感を病態として、器官や脳や神経(物理)に、或いは心の在り方(心理)にその原因を求める。ところがそんなところに原因は無いのである。

それらの症状は、「からだ」の自然な働きが損なわれていることを知らせる「サイン(信号)」である。サイン自体に意味はない。それをいくらこねくり回しても、そこに原因は無い。つまり心的緊張を相手にしても無駄なのだ。

からだに、無理・無自覚に背負わせた緊張=ブラックホールを解消すれば、私たちの内的な自然な働き=「いのち」が、自ずから活躍して心身の安定を取り戻してくれるのである。

ただし、ブラックホールはそれ自体意識で知覚・感覚が出来ない。自分で身体の中を探しても見当たらないのである。これが力を抜くことの難しいところ。チカラが入っているのが分からない!それは誰もがそうなのですが。不思議です。

身体の中の「ぎゅっ!」を、発見してそれを「ゆるゆる~」すれば良いだけなのですが (笑)

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『 からだとことばといのちのレッスン 』とは、治療法や整体術や心身修養法では?と言われそうなので、言い訳を以下に (笑)

踊るとき、歌うとき、声を発するとき、言葉を語るとき、、、要は、、コミュニケーション全般を含めた、表現(=「いのち」の表れ)が成立するためには、このブラックホールの解除が必須のこととなります。

例えば、踊るときにブラックホール(=無自覚に常駐化した筋緊張)は伸びやかに自由に動くことを妨げます。発声のときにはこのブラックホールが声の通り道をふさいでしまう。自分の思い通りに表現をしようとしても、表現された結果はブラックホールによって歪められてしまいます。人と繋がろうとしても、ブラックホールが蓋をしてしまう。表現が成り立つためには、ブラックホールの解消が、必須なのです。

便秘を治すのが、レッスンの目的ではないし、まして私(瀬戸嶋)自身は治療家やセラピストではありません。表現(物語り)によって人と人とが真っすぐに繋がり、個々の個性が花開くために、レッスンを一処懸命やっているオマケみたいなものですね。かっこよく言えばレッスンを本気でやったことに対する「ギフト」かな?便秘から解放されたときの清々しさ!わかる人にはわかるだろうな。表現が成り立った時も、同じですね (笑)

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