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2018年05月12日 (土) | Edit |
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『いのちのゆくえ』

郊外の夕暮れ。薬局の量販店前で、銅がね色の空気と黄昏の闇の狭間を人たちが行き交う。「ああ!こんな夕暮れ時があったな」と思う。懐かしさというか、ずっとずっと昔から知っている光景というか。

「私は、私の『いのち』が何を求めているのか、あるいは何処へ行こうとしているのかを、知らない。」そんな言葉がふと浮かぶ。「だから人(他者)が必要なんだ!」

公園の散歩の途中などに、見慣れた景色が、思いがけず息をのむような光景として立ち表れてくることがある。風や光が渦巻き、景色自体がいのちの鼓動を露わにしたような。

動転とか仰天という言葉があるが、その時自分という存在=実感は消え失せる。光景の蠢き、その動揺に飲まれ、我という実感は消え去る。光景が自意識を圧倒し消し去るのだろう。常態を外れるのだが混乱はない。

私自身はそんな光景を求めて出歩くわけでは無い。それは家族であったり飼い犬にせがまれての散歩、何かの用事や已むを得ない事情で外出するとき。日常に居たたまれず、逃げ出すように旅をするとき。自分で求めて歩くのではないことに意味が在るのだろう。

これは他者(家族も含め)や状況に、引き出されてのこと。言ってしまえば他者や自然の「いのち」に。私の外部に存在するものたちに導かれてのことのようだ。私の「いのち」が他の「いのち」と交響し、自我の眼差しの陰に隠れた光景を、露わにするのだろう。

自我によって分断された「いのち」が、本来の一つの「いのち」に還り、原初より「いのち」に蓄えられた光景が一瞬ではあるが、眼の前に展開する。そんな体験かも知れない。

それは自分(自我)の努力によって獲得されるものではない。自意識に追い立てられて、明日へ明日へと自分を駆り立てているときには、光景は姿を見せない。自分の意思を立てることなく、他(人・物)の都合に合わせて何の意図も持たずに歩むとき、まさに意表を突くようにやってくる。

遠くの夕焼けが辺りの闇を染め、人や物を静かに優しく、蠢く空気の中に浮かび上がらせる。

なぜこんな光景を、私の「いのち」が私に垣間見せるのか?その理由を私は知らない。私の意識的な操作や、意図的努力を駆使してそんな光景に見(まみ)えることはできない。

「いのち」は導き手でありながら、どこへ向かおうとしているのか、なにを求めているかを、私に告げはしないのだろう。正確には、「いのち」の行方を識る能力が私=自我には与えられていない。

「いのち」自体が、意識では見ることも聞くことも、要は五感によっては把捉できないものなのだ。しかしながらそれは、私の導き手で在ることに間違はいない。そして私の「いのち」は、他の「いのち」との出会いによって導かれる。私はそのとき、その行方の確かさを知ることが出来る。

我が師、竹内敏晴との出会いは、当時(1981年)の私にとって、師であり、父であり、兄であり、理解者であり、憧れの先生、「身内」としての竹内敏晴であった。そのとき竹内敏晴は私にとって他者ではなかった。そう思うからこそ安心があり、竹内に甘えることが出来た。

いま思えば、竹内の「いのち」と私の「いのち」との響き合いが、そこには在った。それゆえに私は自らの「いのち」を認めることが出来たのだ。竹内は「他者」であったからこそ。

私はだからこそ、私自身の「いのち」の現れに、それからの歩みを委ねることが出来た。私にとって竹内敏晴の「いのち」の歩みと、私の「いのち」の歩みとが、交錯したのが、私の竹内演劇研究所時代だ。

長い間、竹内の実践を我がものとしようと努力を重ねてきた。他者(竹内)の持ち物を自分のものにしようと、師匠だ手本だと自分の中に偶像を描き、それにしがみ付いてなんとなるのだ。それは他者(竹内)を自分流に解釈し、自分の中に虚像を描きそれを崇拝することではないか。

「いのち」に師匠も弟子もない。上下も高低もない。卑下も尊敬もない。竹内敏晴を師匠と呼ぶならば、私自身の「いのち」に道を開いてくれたことに関してである。その他何も頂戴したものはないのだ。竹内への義務もない責任もない。

「いのちの行方」は、私の生きている状況の一瞬一瞬の中で、他者や物に導かれていることを識れば良い。私の周りの全ての「いのち」が先生であり師匠なのだ。

レッスンの場は私にとって、参加者と私の、「からだ」と「ことば」の交響(響き合い)を通じて、私の「いのち」の行方を見出す場なのだ。参加者にとっても他者の「いのち」の開けに出会い、互いの「いのち」を開示することで、「いのち」の行方、一人一人の見ず知らずの自分=新たな可能性の原点から繰り返し歩みを踏み出す。

自らの「いのち」の存在は、他の存在を通じてしか、それと知ることの出来ないもの。学校で学ぶことはできないもの。そもそも近代自我意識による私物化は在りえないのである。私物化は「いのち」の死物化である。生きるためには、はかりごとを捨てて他者に仲間に「いのち」を差し出すのだ。私の「いのち」はそれを励ますのが嬉しいようだ。

振り返れば「いのち」は私と共にあった。これからも。

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