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2017年12月20日 (水) | Edit |
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200のカウントを見て、新宿定例会の第1回目を調べてみると『2013年3月9日(土)若松地域センター和室』とありました。HPを開始してもうすぐ5年。その間に200回のレッスンをしてきたことになります。

特別講座や関西WSをカウントすれば、300回を超えることでしょう。5年の間に300回、年に60回のペースでレッスンを続けてきたことになります。月に5回平均。もっと多いかもしれません。

ところでこの300回を越える繰り返しが、どのような意味を持つかということ言うことなのですが、変な言い方かも知れませんが、何かを成し遂げたとか、多くの実践を積み重ねものだという実感がないのです。経過=時間の積み重ねとか、結果=空間の拡大という感じがしません。積み重ねの結果、自分が多くの実りや知識・経験を獲得したと言う感じが全くないのです。

『集中の流れを真っすぐにたどること』、最近言葉になってきたことです。私自身がレッスンの中で何をしているか?レッスンの場を開き、集まってくれた参加者の中で、私は何をしているのか?答えは『集中の流れを真っすぐにたどること』、このひと言に尽きるようです。

激流を下るとき、船頭は障害物を避けながら、船を流れの本流へと導きます。流れは一瞬一瞬に深さや方向や、蛇行し勢いを変えます。予測のつかない流れの変化に向かい合うとき、あらかじめの対応パターンや方法というものは成立しないのです。

船に乗り合う乗客にしても、ただ漫然と船底に安座していては、船は激流を抜け来ることは出来ません。流れに目をやりながら、状況に応じて、重心を移動したり座席を変えたり、休まる暇は在りません。

激流を下るのに、同じ繰り返しと言うことは無いのです。船上の全員が、その時々何が起きてくるか予測のできない「いまここ」に立ち続け、川を下る。これには素人や名人の区別はありません。

私が船頭となって、参加者の人たちと協力して、集中の流れを渡り切っていく。これが「からだとことばといのちのレッスン」の時間と場で起きていることです。

集中の流れを無事に下るためには、経験や技能は役に立ちません。眼の前の状況に注意=「からだ」を開き、只々流れを見極め瞬間瞬間に対処し続ける。そんな繰り返しの300回だったのだと思います。

何度も沈没をしたと思います。船も大破したことでしょう。けれどもそこからまた立ち上がって船を出す。川を下るにはそれしか手はありません。そうこうしているうちに、私自身の船頭としての腕が、川の流れによって磨かれて、自分で言うのもなんですが、船頭の名人くらいには成れたようです(笑)

結局、300回共々、毎回私のやってきたことは一つだけのことでした。集中の川の流れを下ること。振り返れば、長い旅をしてきたような、一瞬のことだったような、いまだ流れの中にいるならば「いまここ」といわれる、時空の流れの制限を受けない処にいる。

積み重ねや技能・経験値のアップは無い。激流にわが身を削がれ洗われ、唯々「船頭」=「レッスン者」そのものになる。

集中の流れとは、いのちの流れでもあります。エンデの『モモ』に描かれた「時間の花」のことでしょう。賢治の『銀河鉄道の夜』に描かれた「銀河の流れ」のことでもありましょう。

まだまだ流れは続くでしょう。それは道があると言うことですね。知識や技能の獲得など進歩と言えるものは全くありません。道を行くしかないのです。幸せなことだと思います。

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大晦日から正月は、激流が静かな流れに変わるときかも知れません。船を岸に着け休養を取り、新たな船出を祝うひと時。

本年中は、大変お世話になりました。無事ここまで漕ぎ続けたことは、皆さまのお力添えがあってのこと。ありがとうございました。

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新年の船出は、1月6日(土)琵琶湖畔でのWS合宿からとなります。

◇関西滋賀合宿ワークショップ:https://ningen-engeki.jimdo.com/ワークショップ/1-6-8-滋賀琵琶合宿%EF%BD%97%EF%BD%93/
◇埼玉秩父大滝合宿ワークショップ:https://ningen-engeki.jimdo.com/ワークショップ/2-10-12-第10回秩父大滝%EF%BD%97%EF%BD%93合宿/

新春の船出を共にお祝いしましょう。よろしくお願いします。

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どうぞ皆さまも、お元気で新たな年の始まりをお迎え下さりますよう。

人間と演劇研究所 瀬戸嶋 充・ばん (2017.12.20)


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