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2017年02月01日 (水) | Edit |

2017-01-17 005ed 

 地球の発する音がある。重奏音…基底奏音とでも名付けようか。それはありとあらゆる音のプールである。音のエネルギーの湖である。

 太陽光(白色光)はプリズムを通して、虹色に分光(分色)される。音のプールを満たす基底奏音からは、弦や笛あるいは鼓器をプリズムとして、音階が選り分けられる。混沌としたエネルギープールから、共振によって音(音程)が掬いあげられると言った方がよいかも知れない。

 人間の声帯もしかりである。大地=地球の発する基底奏音のプールの中から、風にはためくルンタのように喉笛の共振によって声が掬いあげられ、身体(=からだ・空立・空経・空洞・管)への共鳴によって増幅され、様々な音色=音声が虹の七色のように煌めきだす。

 A(アー)の音程は、大地と身体との共鳴エネルギーが、集約しやすい特徴を持った音なのだろう。国を越えて、ほぼ共通の音程となる。人間が考え出し取り決めた音程ではない。太陽光(白色光)の中、虹の七色が溶け込んでいるように、基底奏音のプールに潜む一つの特徴的な音色なのだろう。赤ん坊の産声のような声音なのかもしれない。

 地球の発する基底奏音は、さらには宇宙規模で銀河系の奏でる、大基底奏音のプールからチョイスされた、一つの音階なのかもしれない。

 そう考えれば、私たちの歌や音楽(言葉も音声による)は、宇宙全体の奏でるシンフォニー(交響楽)の一部を担い、互いに響き合い、互いに影響を与え合う、人間だけの勝手(自意識の支配)を許さぬものである。

    *    *    *

 以上は、私の妄想・虚言である。けれどもこんな理不尽な物言いに依ってしか、私は宇宙を身近に感じ取ることができない。レッスンの中で声・ことばを見いだすことができない。

    *    *    *

 私自身にとって、地球の発する基底奏音は、闇色をした唸りである。暗いエネルギーのうねりである。そのプールの中から、地球上の生き物・万物の姿形をプリズム(共鳴体)にして、音楽が音声が立ち上がってくる。私たち自身もまた多様に色づけられた、大地が奏でる虹の七色なのかもしれない。

    *    *    *

 声とことばに限って言えば、私たちの声とことばは、共鳴によって大地のエネルギーを受け取り、大地によって発されるものである。自分の努力や、自意識の指令によって発されるものでは無い。こればかりは、虚妄ではない。私にとって、紛れもない事実である。

    *    *    *

 いき(息・行き・生き・活き・生く・育く)は大地より、私たちの「からだ」を吹きぬけ、天へと向かう。

 いきの流れは声帯を煽り、細やかな小さな震えを起こす。その震えが「からだ」(空だ・殻立・空立ち・~経ち)に共鳴して声音を鳴らす。

 本音という、大元(おおもと)の声である。小細工のない素のままの声である。生き物として「いのち」によって奏でられる声、あるがままの声である。日本語の母音「あ」の声は、声といのちが一体となって、明るく世界を照らす声である。

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 私の仕事は、からだと声・言葉の調律師なのかもしれません。ピアノの調律師はいるけれど、からだの調律師はあまりお目にかかったことがありません。
 私は修理屋ではありません。人を立派な楽器に仕立てようとは思わない。からだや心がどんなに大変でボロボロでも、そのままで素敵に素直に鳴り響くいのちがある。
 その時々に、ボロはボロのままに精一杯に響きわたる音色があれば良い。それを私は美しいと思う。


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