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2016年09月30日 (金) | Edit |
2016-07-26 012ed

ギターから、弦だけを取ってそれを弾いてみる。

オルゴールの、機械部分だけを取り出してネジを巻き動かしてみる。

どちらも、音は鳴り響きません。

ピアノも木製の胴板や天板を取り払い、金属の部分だけを残して鍵盤を叩いても、心地好い音色が響き出すことはないでしょう。

ギターやピアノの弦も、オルゴールのピンも、それ自体が震えたとしても、ブンブン、キンキンと小さな唸りの音が聞こえるだけで、音色が響き出すことはありません。

どの楽器でもその震えや唸りが木製の胴体(木箱)に伝わって、耳に届く心地好い音色を響き出すのです。共鳴と言います。

小さな振動が、木製の胴体に響いて大きな音のうねりを生み出します。共鳴による音の増幅と言います。

小さな音の波の変化(振動)が、それに共鳴してくれる木箱や物体を見つけて、大きな波の変化へと姿を変えるのです。

実は、人間の出す「こえ」(音声)も全くこれと同じ仕組みによって発声されるのです。

ギターの弦に当たるのが喉笛(声帯)です。吐く息が空気の流れ(気流)となって、声帯の隙間を通り抜け、小さな振動を起こします。

その振動が「からだ」のさまざまなところへ伝わり共鳴し増幅され、大きな音声=波の響きとして鳴り響くのです。

「こえ」が出るということは、ごく僅かな喉笛(声帯)の震え(振動・波)が「からだ」に共鳴して大きな音声として、鳴り響くということです。

声を出すのに、力や緊張努力は必用が無い、無用だということです。声が良く出ているときには、声を出しているという実感もありません。「こえ」が他者や場に向かって、ただただのびやかに響き出していくのです。

    *    *    *

物理の授業のようで、申し訳ありませんが、声を発することに不自由や苦労を感じて困っている人には、ぜひ知っていて欲しい知識です。

声を出すには、頑張って努力をしなければならないと、多くの人が思っているようです。それが一般常識になってしまっているのかもしれません。でも本当は、頑張れば頑張るほどに「こえ」は閉ざされてしまい、聞き辛い声になります。

声が小さい。ボソボソとしていて声がはっきりしない。何を言っているか聞き辛い。酷く早口になる。力みがひどくて聞いていると草臥れる。キンキンしていて耳障り。大きな声が出ない。いつも我鳴っているようでうるさい。小さな声が出せない。

そのどれもが、緊張によって「からだ」への共鳴が閉ざされている場合です。「からだ」の表面には、ギターの胴のように柔らかく、それでいて張りのある硬さを持った、振動を受け止め、良く響く部分があります。(共鳴部位と呼びます)

喉の前後、胸郭、腰の前後、骨盤、脚さえも振動します。その他に、首から上の頭には、声帯の振動に対して細やかに反応する共鳴部位が沢山あります。

唇を軽く結んで、「んーー」(ハミング)の声音を口の中で響かせると、声の響きで頭の中が震えるのが分かります。声音の高低や音いろを変えて、首のうしろ、頭のうしろ、頭のてっぺん、おでこ、眼の周辺、鼻のつけ根、鼻、上顎、唇、様々な部分を震わせてみます。それぞれの共鳴部位が、喉笛からの振動に応じて共鳴し、震え出すのが分かると思います。

例えば、首の後ろの辺りに声を響かせます。首の後ろに手を当て「んーー」と響かせます。手のひらに振動が伝わって来るのが分かったら、結んでいた唇を小さくひらき(「んーーまぁーー」あるいは「んーーなぁーー」と響きが変わります)、同時に注意を背後の壁に向けて手のひらを離す。「こえ」が首すじから背後に向かって響きだしていきます。

声帯の振動が、首の後ろの共鳴部位に共鳴を起こし、「こえ」がその部分から外部に向かって鳴り響いたのです。これは、他のさまざまな共鳴部位についても試してみることが可能です。とくに胸から上、上半身の共鳴部位は自分でも見つけることができます。探してみてください。

    *    *    *

弦の振動を受けて共鳴する板のことを、共鳴板と言います。ギターの場合は木製の独特の形をした胴体=木箱です。音の大小を漏らさず響かせるために、あの独特な形をしています。

そしてその素材は木の板です。共鳴を承けとめる胴体各部分(共鳴部位)は、柔らかく、それでいて固く張りのある素材が求められます。岩石や鋼鉄のように硬くては、弦の震えに共鳴しません。適度な柔かさと張り(硬さ)と厚みが求められるのです。

人の声に話を戻せば、「からだ」の共鳴部位が固く硬直していては、十分な共鳴が得られません。したがって「こえ」が響きだすことが出来ないのです。

簡単にいえば、「声がでない原因は、共鳴部位が身体の緊張によって凝り固まり、響きが閉ざされている」からです。緊張によって閉ざされているのですから、頑張れば頑張るほどに緊張し、身を固めれば固めるほどに「こえ」は出なくなるのです。

他人から指摘を受けて努力し声を直そうとします。大きな声を出そうと力を込めて緊張し、一処懸命に声を張り上げる。きちんと話そうとして言葉を押し出すように力を込める。小声で話そうと緊張して臨むが、話しているうちに大声に戻ってしまう。自分の声に不自由を感じた方の多くは、このほかにも様々な苦心をしていることでしょう。

ところが、他人から注意をされて何とかしようと努力をしても、苦しいばかりです。辛くて諦めてしまい、声にコンプレックスを持ったり、話すことが苦手になってしまった人が案外多いようです。そもそもが、意志と緊張努力によって「こえ」の問題を解決しようとすることが、過ちであり間違えなのです。

    *    *    *

繰り返しになりますが、声が出るようになりたいならば、力ずくで頑張ってはならないのです。共鳴する部位の筋肉の強張り(緊張)をほどき、声帯の振動を受けとり響かせる能力を取りもどすことで「こえ」は回復されるのです。

    *    *    *

なんだか声楽的な発声の説明になってしまいました。「こえ」が成り立つためにはこれだけでは片手落ちです。楽器としての音声が調うだけでは、まだ「こえ」にはなりません。声が良く共鳴して響き渡るだけでは、人の「こえ」にはならないのです。

「からだ」という楽器の弾き手は「こころ」です。「こころ」の動きを直接に反映するのが「こえ」です。「こえ」と「こころ」が一つにならなければ、ただの音(音声)でしかありません。

「こえ」に関しては、まだまだ「ことば」を重ねなくては、語りつくせないことでしょう。「こえ」と「こころ」については、また機会を改めて書いてみたいと思います。

以前にこんな言葉を聞いたことがあります。「詩のリアリティー(ポエジー・詩情)を現すのに、リアリティーを直接に掴まえようとしては駄目だ。直接に手をかけ捕まえようとすればそれは逃げ出してしまう。言葉でもって、それを包むように詩を書くことで、リアリティーが表現される。」

「こえ」について語ることも、同様な作業だと思います。さまざまな方向から「こえ」に関して解き明かす。その中心に浮かび上がってくるのが「こえ」なのです。

    *    *    *

文章にすると、何かとても難しいことのように思われるかもしれませんが、実際の「こえ」のレッスンは大変シンプルです。「からだ」のこわばり(緊張)をほどき、息を深くして、思い切って他者に向かって「こえ」を発する。発声に伴う緊張に気づけば、それを解除します。

短時間で「こえ」が開かれます。「こんなに気持ち良いことなのか!」「楽だ!」「楽しい!」「嬉しい!」「元気になる!」等々、「こえ」が出たときの参加者の感想です。


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ジャンル:心と身体

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