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2016年07月22日 (金) | Edit |
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1987年当時のことだと思う。竹内演劇研究所で竹内敏晴のアシスタントをしていたころ。真夏のことだ。参加者40名程。新宿朝日カルチャーセンター「からだとことばのレッスン」集中講座での一コマ。

「出会いのレッスン」である。参加者全員が取り囲む円座の中、中年の男性と私が教室の両端に分れて互いに背を向け立つ。竹内敏晴が手を打つ。それを合図に、二人同時に相手を振り返り、相手の立つ地点に向かって歩み始める。無言の中、互いに注意(集中)の交感が始まり「出会い」のアクション(行動)が繰り広げられた。

振り返り、向こうに立つ彼の姿が眼に入ってくる。歩み寄っていくと、彼の引き攣る(つる)ような愛想笑い。気持ち悪い。取って付けたような笑顔が泣き顔にも見える。

いやな感じだ。殴り倒したい衝動が身内を奔る(はしる)。大勢の参加者が見守る中で、私の意識は躊躇のサインを出す。一瞬の戸惑い。しかし彼に向けて歩み寄る他に道はない。逃げ去ることはもう出来ない。

さらに一歩を踏み出した途端に、彼の顔面に向けて私の手のひらが振り出される。彼の横っ面に思い切り張り手を喰らわす。彼の頬に私の全身の力が叩きつけられる。手のひらを通じて彼の「からだ」と私の「からだ」が、確かな手ごたえをもってひとつに繋がる。

殴打の瞬間、喜びが私のからだを満たす。こんなことをして良いものかと、意識は躊躇するが、からだは衝動に満たされている。意識の警告が小さな葛藤を起こし一瞬の戸惑い。けれども彼に意識を向ければ、彼の表情にはまたあの気持ち悪い薄笑いが貼りついている。殴打の快楽を求めてまた手のひらが飛ぶ。

彼は、張り手に備えて肘を持上げ顔を庇う(かばう)のだが、その隙間に向かって、またも私の手が伸びる。止まらない。もう躊躇は無い、彼の頬に向けて真っすぐに掌が繰り出される。左頬を打てば、それを避けようと彼が左腕を上げる。手すきになった右頬を私の左掌(てのひら)が打つ。

それでも彼の表情には相変わらず薄ら笑いが貼りついている。私の口から叫びが漏れる。「なんでだよー!」。涙があふれてくる。掌は止まる事が無い。乱打。彼は床に倒れ伏して背を丸め頬を庇う。それでも蹲った(うずくまった)姿勢の間隙を狙って掌が奔る。

慟哭と言うのだろう、私は涙を流しながら唸り声を上げながら、彼に向かって止まることのない殴打をくり返す。彼の眼差しは訴えるような真剣さへと変わり、素顔を露わにした。

竹内が手を打ち、終了の合図。私は息を弾ませ立ち尽くす。彼の顔を見ると、唇の端に小さな出血。彼も涙を流しながら茫然として坐っている。まわりを見渡せば、回りを囲む大勢の参加者が涙を流している。嗚咽を漏らす者もいる。

竹内から感想を問われて、私は自分のしでかした事に言葉を失う。相手の男性は涙を流しながらも喜びに満ちた笑顔をこちらに向け、私に嬉しさと感謝の言葉を述べた。その場の深い集中が何かを乗り越えたのだろう、ひと時を燃やし尽くした果てには、他の参加者からの感想も無い。竹内を見れば、労うように無言で柔かい笑顔を私に見せた。

    *    *    *

竹内レッスンと言えば「出会いのレッスン」を云々する人が多いように思う。また竹内をまねて、このレッスンをする人もいた。しかし私自身はこれまで、このレッスンを封印して来た。それは、私自身が上記のような体験を持ちながらも、その意味を捕まえることが出来ていなかったからだと思う。

狂気の開放。感情・情動の開放。常識の否定。暴力の肯定。無意識の闇の表出。そんな常識的な観点からしか、私はこの体験を意味付けすることが出来ないで来た。だからこの時の体験を他人に語ることを止めて(やめて)いた。常識の立場から解釈すれば、どうあがいても、この体験は非常識極まりないことでしかない。そのために20年近く「出会いのレッスン」を封印し、その意味を問うことを避けてきたのだ。

ここに来て漸く(ようやく)その意味が見えて来た。先日ブログに『「からだとことばのレッスン」とは「からだ」を「ことば」に明け渡すこと』と書いたが、「出会い」という「ことば」に「からだ」を明け渡すことが、まさにこのレッスンの意味であった。

「出会い」(と言う「ことば」)に導かれて、私と彼との間にドラマ(行動)が生まれた。私の行動を主導するのは、私の思いや意識では無かった。「出会い」の言葉の下(もと)に、私の「いのち」と彼の「いのち」が、直接の交流を求めてその場に立ちあがり、「いのち」の一如(原初的一体=出会い)を求めてドラマを展開し、出会いに向けてそれぞれの行動(=「からだ」)を推し進めたのだ。

私たち二人がやっていたことは、何が起ころうと何がやってこようと、逃げ去ることなく共にその場に立ち尽くすことだったのだ。そこに「いのち」自体の羽ばたく喜びが成立した。

    *    *    *

「死して生きる」、これが竹内敏晴の実践した「からだとことばのレッスン」の素朴な意味なのだろう。常に繰り返し新たに生き、変転し続ける「からだ」(=「いのち」)には、変わらぬこと(一定不変)はあり得ない。意識は自分や世界を変わらぬものと見る。自分を他者を、自ら張りめぐらした壁の中に閉じ込める。その意識の作り出した幻想(=壁)の「死」を通じて、真に「生きる」ことが蠢き始めるのだ。

    *    *    *

このごろ私は「若い頃に、竹内敏晴・野口三千三・林竹二の3人から宿題をもらい、35年がかりでそれが解けてきた。」と言葉にするようになりました。まだまだ自信はないのですが―――いやいや、自信なんていつまでもが無いのが当然かな―――ますますレッスンをするのが楽しくなってきています。

先週の琵琶湖和邇浜WS合宿では、参加者の「いのち」と琵琶湖を囲む自然の「いぶき」が一緒になって、賢治童話の世界をその場に立ちあがらせてくれました。心底幸せなひと時でした。

わけが分かり辛いとは思いますが、ブログを読んで興味を感じた方は、どうぞレッスンの場にいらして下さい。念のため、、、私は張り手を喰らわすことはもうしません。いつもニコニコとレッスンを楽しまさせて頂いています。


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