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2016年05月14日 (土) | Edit |
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「足の裏で息をしてください」レッスンの中で私はよく声をかけます。

息は、口・喉・肺でするものだという観念が、私たちの意識(脳)にインプットされているのでしょう。無自覚に息をしているとき、胸から上で呼吸をしている人が多いのです。

ちょっと呼吸に興味を持ったことのある人は、お腹を膨らませて息をします。息をするのはお腹であると習い、それが意識(下)に書き込まれて、習慣として身についているのでしょう。

自覚的に足の裏で息をしている人には、私の狭い人間関係の中でのことですが、お目にかかったことがありません。

仰向けに寝転がって呼吸をしてもらうと、このことが良く分かります。胸から上で息をしている人は、肋骨を喉元に向かって引き上げるように、息を吸い息を吐きます。お腹で息をしている人は、お臍のあたりを風船のように膨らませたり、凹ませたりします。

足の裏を意識して、息をするとどうでしょうか?説明が必要かも知れませんね。

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私は身体を、皮膚に包まれた「水たまり」と見ています。水の満たされた風船と考えた方が、分かりやすいかもしれません。肺は、水の入った風船の中に浮かぶ、さらに小さな風船です。息を吸うと、水の中に浮かぶこの小さな風船が空気で膨らみます。そうすると水の入った風船(からだ)全体も、僅かにですが、内側から圧しひろげられて、膨らみます。

「からだ」は皮膚に包まれた水たまりですから、息を吸えば、風船のように身体のすみずみまでが、圧しひろげられます。それが微かなので、その動きを感じて意識することは難しいのですが、息をするときには、誰の身体にでも起こっていることです。

このように、足先や指先のような身体の隅々まで、呼吸に伴う「押し広げ(圧力)の変化」が届いていいることが、「息が深い」ということです。赤ん坊が声を立てて泣いているときの息づかいが、良いモデルです。全身呼吸と言えます。様々な呼吸法の背景にある「自然呼吸」のお手本です。

胸で息をするのは、鋼を溶かすのに空気を送り込む、ふいご(吹子)と一緒です。身体に強制的に空気(酸素)を送り込み、身体を活性化させます。とくに脳の活動は大量に酸素を必要としますから、脳を活性化するためには有効な呼吸でしょう。

お腹で息をすると、呼吸に伴って内臓が動かされます。呼吸のリズムに合わせて内臓が圧迫されたり弛緩したり、内臓のマッサージになります。内臓の働きを活性化し体循環を促し、新陳代謝の能力を活性化させるのに、有効な呼吸です。

けれども、その有効性のみに意識が捉われていると、肝腎の全身呼吸=「息の深さと広がり」が妨げられてしまいす。

胸で息することが当たり前になると、呼吸に伴う押し広げの変化が、胸から喉・肩・頭など、胸から上部に限られてしまい、お腹から脚にかけての息の力が衰弱します。「あがり症」「息が上がっている」「気が上がっている」「重心が上がっている」、こんな心身の状態です。

お腹で息をすることを学んだ人は、お腹を膨らませようと努力をして、腰の後ろや股関節を固めている人が多いのです。股関節を固めてしまう結果、呼吸に伴う押し広げの変化が下半身の脚や足先にまで届かなくなります。

胸であれ、お腹であれ、意識して身につけた呼吸法(無意識・無自覚に出来るまでに意識にインプットされた方法)が、本来、誰もが自然にしている「全身呼吸(いき)」を阻害してしまうことがあるのです。

胸で息をするという、身体の動きの段取り(プログラム)が脳に書き込まれると、呼吸をしようとしたその途端、無自覚の内に注意(意識・集中)が胸から上に集まります。その結果、胸から下の身体の部分はすべて、注意の圏外に置かれてしまいます。からだ全体を感じることが出来なくなります。胸の呼吸の実感が強くなって、からだの他の部分の感覚が衰弱します。

お腹で息をするのも同じように、からだを全体として捉え感じることから、注意を狭めてしまいます。

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「呼吸に伴う押し広げの変化」は、からだの中身の動きを伴う変化です。微妙な変化ですが、外部からも感じ取れる変化です。「いき」(息・呼吸)のレッスンをするときに、私はそれを見ています。

胸やお腹の局所的な呼吸をしていると、その部分のみコントラストが強まり、そこに注意(意識)が囚われて、身体の他の部分が暗く見えます。足の裏に注意(意識)を置いて呼吸をすると、明るい「いき」が足の方まで流れ込んで行きます。「からだ」(水たまり)の中を、「いき」の変化が流れて行きます。力みのない静かな流れに浸された、全身呼吸(自然呼吸)となり、心身ともに落ち着きを取り戻します。

足の裏で息(呼吸)をすることで、全身呼吸が促進されるのです。

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お腹や胸の呼吸が必要ないと言っているわけではありません。「からだ」は、状況に応じて意識せずとも、このような呼吸を使い分けています。全速力で走ったあとは胸郭が激しく動き、空気を沢山とり入れ排出します。泣いているときには胸を絞り出すような息を、怒っているときにはお腹からから湧き立つような息が、安静な呼吸のときには横隔膜が静かに上下をして、内臓の昂奮・緊張を弛めます。(さまざまな呼吸様式)

気を付けないとならないのは、特定の呼吸様式(呼吸法)を絶対のものとして身につけてしまうと、土台となる全身呼吸の働きを妨げてしまうことです。

全身呼吸と様々な呼吸様式とは、地図の「地」と「図」の関係で考えると良いでしょう。「地」は白紙です。「図」は白紙の上に描かれた地形(図形・記号・文字)です。自然呼吸は「地」にあたります。時と場合に応じて様々な呼吸が「地」の上に「図」として描かれます。紙に描かれた地図と異なるのは、呼吸の場合「図」=呼吸様式は、必要が終われば、「地」に戻っていくことです。

「図」は「地」から生れて、働きを終えれば「地」に帰って行きます。「地」は白紙であることで「図」の母体となるのです。自然呼吸は息(呼吸・「いき」)の母胎です。様々な呼吸(様式)がそこから生まれては、消え去って行きます。特定の呼吸法を身につけることは、呼吸の多様性、つまりは呼吸の豊かさを押し殺すことに繋がります。

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自然呼吸の豊かさを回復するには、それを妨げる要因を解除して行かなければなりません。赤ん坊の「からだ」には「強張り」がありません。「いき」(呼吸)は自在に滑らかに身体に満ち変化し、動き続けています。大人の身体は様々な強張り(緊張)を抱え込んでいて、「いき」の自在性が妨げれれています。強張りを弛め、息を深く広く身体全体に廻らせていくことが、「自然呼吸」を回復することに繋がります。

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「足裏の呼吸」は、「いき」(息・呼吸)=「自然呼吸」を回復し、「いき」=「生き」の豊かさを取りもどして行く入口です。また「いき」は「こえ」そのものでもあり「いのち」の現われであります。

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「いき」(呼吸・息)のことを、言葉で説明するのは難しいですね。「いき」自体が常に変転し続ける「生きもの」ですから。難解な話になってしまいましたが、読んでいただいた方々が、呼吸について思いを深める、手がかりとなればありがたく思います。

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