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2016年04月01日 (金) | Edit |
2016-03-30 001ed 

当時、人生の一地点、私は完璧に行き詰っていた。レッスンを続けることができない。家庭の経済的事情も、スタジオの維持も、レッスンさえも人が離れて行った。10年続いた外部の講師の仕事も絶たれた。そのどうしようもなさの中で、鈴木大拙さんの著書を通じて禅を知り、円覚寺居士林での学生座禅会に参加した。

普通ならば職安でも訪ねるのが常識であるが、私は最後のチャンスと座禅会に飛び込んだ。坐禅をすれば「何か」が見つかるかも知れない。私は悟りを求めていたわけでは無い。悟りなんて私には縁のないものと決めていた。

切羽詰まって臨んだ坐禅会であったが、そこでの修業を、私は徹底的に否定的な眼差しで見つめていた。禅の規矩に則った禅堂生活に「こんなことをしていてなんになるんだ!家に帰って何とかする方がマシだ。」指導をする僧侶や学生たちにも「この連中は(からだのことを)何にも分かっていないではないか!何でそんなに威張りかえるのか?そんなことで私の苦境が解決するわけがないではないか、もっと一人一人と真剣に向き合え!」内心は煮え立つような腹立たしさにまみれていた。

そのうえ、苛立ちを抱えて坐禅に臨んだ私を待っていたのは、苦しみにさらに輪をかけるような苦痛だった。坐っていれば脚は痛み、課題に集中しようとすればするほどにイライラがつのり、心が締め付けられるように苦しい。参加したことへの後悔。早く日程を終えて家に帰りたい。逃げだしては家族に申し訳が立たない。ここでも八方ふさがりである。

坐禅をしながら、息を数えるという課題(数息観:丹田で息を10まで数え、また1から数え直すことを延々と繰り返す)にしがみ付くしかない。けれども自分の呼吸に集中すればするほどに、脚の痛みと苛立ちが激しくなって来る。線香一柱40数分、数を数えることから注意が逸れ、朦朧として自分の呼吸を3回と数えることができない。40分という時間が無限に続く拷問に思える。苦しみから逃れるために参禅したはずが、苦しみが強烈に襲ってくるばかり。

坐に縛られ身動きも身悶えも出来ずに、坐禅を組んだ脚のブッチ交えた脛骨が、折れんばかりに圧迫される。骨折への不安と息を吐くたびに脛骨に火がつき、生身のまま燃え上がるようなような苦痛。誰も手を貸してはくれない、孤独感。「逃げ出したい、でも逃げられない」意識の限界を超えた葛藤。

救いはやってきた。意志を丹田の一点に集めて、そこから息を吐く。痛みも苦しみも葛藤もすべてを、その一点に押し込むようにして「ひとつ」「ふたつ」と息を吐く。一息ごとに腹に力が満ちてくる。溶鉱炉のように熱い力が腹を満たす。もう息も固まり、出入りを感じることは出来ない。それでも息を吐こうと意志する。吐けないところを吐こうと力を込める。吐こうとして緊張するごとにからだ全体が岩や鉄のように固まってくる。もう息をしようとする意志(努力)しか無い。からだ全体が引き絞られて、棒杭のような鉄鋼のような、それでいて生きた塊となる。力に満たされ心地よい。苦痛や苦悩は全て自分から離れていた、消え去っている。

40分線香一柱の終了の鐘の音。しかしながら救いは救いにならなかった。過ぎれば元の木阿弥に戻る。また次の鐘が鳴れば、苦悩の始まりである。呼吸のコツは分かったが、だからと言ってさっきの状態に簡単に達っせはしない。痛みが苦痛ではなくなった分、今度は心理的な葛藤が酷くなる。新宿のスタジオに戻ってどうしようか。家に帰れるまでにまだ2日、早く娑婆に帰りたい。でもまだ解決の手立てが見えたわけではない・・・。考えが巡り、呼吸を数えることに集中できない。集中しようとすれば、眠気が襲って来て舟を漕ぐ。そんな繰り返しで、線香一本、二本、三本と坐が過ぎ去っていく。へとへとになって、それでも息を数えようとすると、心が電気に触れるような苦痛が疼く。心的苦痛である。

朝から坐禅を繰り返し、辛抱が溜まらなくなった夕方の頃、また坐するからだに力が満ちて来た。息を吐くたびに、がっしりと身が固まり棒杭となり、心身共々苦悩苦痛を離れた。全身の充溢と充実感。その時である、木板を叩き高らかに響く音色が、山間を下って来た。その音色の美しさに私は心を奪われた。その瞬間私は開かれて(劈かれて)しまった。棒杭はあとかたもなくなり、坐する身体も消え去って、円覚寺の境内いっぱいに私の身体が開け放たれている。私は消え、円覚寺の境内全体が私であった。しばらくして坐身の実感が戻ってきたが、自分の身体をのぞき込めば、そこにはやはり境内の世界がある。やがて涙が茫々と込みあげてきた。「有難いことだ!ありがたいことだ!」と言葉が繰り返し身の裡から溢れてくる。

坐禅会を終えて、結局は実生活への解決策は何も見つからなかった。どうにもならなかったのである。しかしながら私は、自我(エゴ)の頸木を突破させられた。仕事としてレッスンを続けることへの、迷いは消えた。「どうなるかは分からないが、どうにかなるだろう!」

この体験から15年、「野口体操」と「竹内からだとことばのレッスン」を続けて来た。お蔭様で、最近になってそのときの体験の意味がようやく言葉になってきた。「体操」も「レッスン」も自我(エゴ)の突破を通じて、自らのいのち(魂)のあらたな成長を願うことである。心身の苦悩や苦痛は、そのチャンスなのである。生きている限りは、苦悩や苦痛は限界となる壁ではない。そこには必ず踏み出す道がある。エゴ(自我意識)に眼をふさがれ道が見えなくなっているために「どうにかなる!なるようになる!」と考えられなくなっているのだ。

苦痛や苦悩をチャンスと見る。しかしながら世間一般は苦痛や苦悩を否定的に見て、それを消去することに価値を置いているように思う。

私は、坐禅をして自己を突破することを奨めているわけでは無い。けれども自我にしがみ付く限り、何の解決ももたらされることは無い。いのちの本源を支える生の喜びにも眼をふさいだままだ。無限に増殖し続ける自我の欲望によって、私たちは繰り返す飢餓感に急き立ててられて、不安を逃れることが出来なくなっている。自我の死こそが生の喜びをもたらすのである。現実の死は恐れることでは無くなるだろう。生きることへのゆるぎないまなざしこそが救いとなるだろう。
    *    *    *
私はワークショップの場をお祭りの場と捉えている。レッスンの場は産屋のようなものと言っても良い。社会の約束ごとを離れた非日常の場と言って良いだろう。そこでは、社会の約束ごとに制約されることなく「いのち」の十全な働きだけを願い、「からだ」と「ことば」のレッスンがなされる。「いのち」の働きによって、自我(エゴ)は手放される。あらたな観点が生まれ、本来のその人らしさが回復される。私たちは赤子のかわりに物語(まことのことば)を生む。
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自我(エゴ)とは、社会通念の網の目にからめとられており、決して絶対的な存在ではない。「からだ」の観点から社会通念を吟味し、それに縛られることの無い「いのち」の力を背景に受け、ほんとうの「からだ」と「ことば」を繰り返しあらたに発見して行く。それが私にとって演劇の意味である。野口三千三先生の野口体操も同じである。竹内敏晴の遺した「ことばが劈かれるとき」の私にとっての意味である。

2016-03-27 016ed

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