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2016年03月03日 (木) | Edit |

2016-02-21 010ed 

大阪定例会初日、普段と変わらずレッスンを進めていったのですが、東京でのレッスンとなにかが違う感じがしました。思い返すと私は「先を急がない!ゆっくり!」を一度も発言していなかったのです。

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野口体操の動きは、動きの過程に感覚を集中し続けます。自分の身体の中の出来事に付き添い続ける。「いまここ」での「からだ」の内側の変化の「感じ」を大切にします。この態度を野口さんは「貞く」(きく)と呼んでいました。「からだに貞く」は野口体操の中心になる考えです。

普通の体操では、決められた動きを次々にこなしていきます。一つの動作やポーズをやって、それが済んだら次の動きへと移っていきます。ラジオ体操が典型でしょう。動作の過程でいちいち身体の変化の感じを意識することなく、次々に動作を変えていき、一通りやってそれで終わりです。

目標・効果・効能はあらかじめ計算されていて、教えられたとおり、決められたとおりに動作をすれば良いのです。動作をするとき、もしくは動作したあとに、自分の身体の内側でどんな変化が起きているか、それを感じ取り意識することは、ほとんどありません。

どうやらこれと同じことが、東京の都会の生活や仕事の在り方にも当てはまるようです。決められたこと、あるいは成さねばならないことを、次々にこなして行かなければならない。そうしなければ、仕事も生活も成り立たない。そのときどきに自分のからだが何を感じているか、変化しているかなどということには、構っていられない。いちいち「からだのこえを貞く」などしていたら、仕事や生活の目標が達成できません。

東京の都会に暮らす多くの人は、このような態度が習い性になってしまっています。そのため身体も心も先走って、いつも緊張を抱えている。「いまここ」ではなくて「つぎつぎ」ばかりを目指しているのです。これがストレス性の不調の原因です。自分の自然な本来の在りよう(Being)を無視して、次へ次へと自分を駆りたて(Doing)、心と身体のバランスを崩してしまっている。晴れることのない不安や不調・不満を抱えて生きることが当たり前になってしまっています。

私の主催するワークショップ(レッスン・定例会)は「いまここ」を徹底的に大切にします。それは生きる土壌としての「からだ」の豊かさ(Being)を育てることによって、「ことば」の本来の力(リアリティー)の復活を願うからです。

そのため私は、普段の東京のレッスンの中では「先を急がない!もっとゆっくり!」「からだを置き去りにするな!」と繰り返し指示を出します。

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大阪の定例会の中では、このような指示を必要としませんでした。大阪ではまだBeingが生き残っているようです。Beingとは、自分が「いまここ」にあるところから始めようという志向を持ちます。自分に与えられた目の前のことに一生懸命に取り組む。私の狭い料簡かもしれませんが、大阪の地下鉄に乗ったときに、駅職員の人たちの働く姿を見て、彼らは自分達の仕事に誇りを持っているなと思いました。

東京ではDoingが幅を利かしています。次々に何かをなさねばならないという志向です。Doingは、水平方向に拡大していく志向を持ちますが、拡大するための未開地の確保の難しくなった現在、それは上昇志向へと変化し、東京では高層建築の林立が、それを象徴しているように見えます。そこで働く人々は、都市の変化に連れて、次からつぎへと自分のポジションを変えられていきます。競争に勝ち残ることに必死で、仕事への誇りや自信など育ちようがありません。

だいぶ穿ったことを書きました。これから大阪に通っていくことで、変わっていく考えかも知れません。

大阪での感想をひらたく言えば、私のようなマイペース・自分勝手・不躾な人間には、大阪のほうがホッとできる場所のようです。もちろん東京も好きですが(笑)

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ジャンル:心と身体