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2015年08月01日 (土) | Edit |
2015-07-15 041ed

やっぱり書きたくなったので、書いちゃいます。

先週「般若心経」を一般の人に向けて、分かりやすく紹介している本を4冊、図書館から借りてきて読んだのですが、どの本を読んでもよく分からない。小難しいばかりで、なんだか肝腎なものに全く触れさせてもらえないような気分で、歯痒くってたまらないわけです。

私は、仏教信者ではないのですが、人並みに「自分はこのままで良いのか?」とか「人生とは何ぞや?」と迷った時には、仏教の紹介本や解説書を紐解くことが多いほうです。何とかセラピーとか何とか開発法とか、迷った時の指南書は本屋さんに行くとたくさん並んでいます。でも新進の人生マニュアル本には、昔からまったく興味が動かない。

たいていは、図書館で古くてボロくなった、仏教の本を漁って借りてきて読みます。それも人生訓や説教、信仰啓発を旨とした本には興味が持てません。道元さんとか良寛さん、臨済さん、、、等々、昔のお坊さんたちの伝記や史実記を読むのです。あとは仏教の考え方に基づいた、哲学・思想、実践報告。

そう云えば10数年前に鈴木大拙全集全30数巻を読破しました。3年位かかりました。一人のひとが一生(享年96歳)をかけた実践の記録(全集)が、3年位で読めちゃうのだから凄いことだと、当時私は思いました。このときも迷いがひどかった時です。

それらを読んでいると、自分の悩みが解決するわけでは無いのですが、なんとはなしにホッとして嬉しくなってきます。答えが見いだせずに困っているときには、解決法を学ぶより、心底ホッとすることのほうが、私の場合は大切なのかもしれません。

「般若心経」の紹介本の話に戻りますが、久々に仏教書を読み終えたのに、ホッとすることも喜びも無いわけです。何のために4冊も読んだのだろうと、渋顔になってしまいました。

「般若心経」は色即是空で有名なお経です。なので、紹介本の4冊とも「空」の解説をしているのですが、4者4様、皆違う解釈をしていて、そのうえどれも私にとってはピンとこない。どうやらこの「空」が分かれば、良いことがありそうな気がしていたのですが、なんだか逆に、突き放されてしまった感じで、欲求不満でした。やっぱり私は頭が悪いと思うわけです。

でも一冊だけ、それは「空」の直接の解説ではないのですが、チベット仏教の「脈管(ツァ)」「風(ルン)」「滴(ティグレ)」を解説した短い文章を読んときに、これは野口体操に似ているなと思いました。(ダライ・ラマの般若心経:三和書籍)

4冊の本を読み終えて、しばらくボーっとしていたのですが、二三日後に「色はすなわち空である 空はそのまま色である」(色即是空 空即是色)と、なんとなく考えていた時に思いついたのが「なんだ!野口体操は「空」の体感だだったのだ!」。つづいて眼に浮かんだのが、京都六波羅蜜寺の空也上人像が南無阿弥陀仏の小仏(言葉)を口から吐き出している姿。「そうか!「空」の側から言葉を語らしめようとしていたのが「竹内からだとことばのレッスン」じゃないか!」

結局、これまで私がやって来たワークは「色即是空 空即是色」の体感実践だったようです。私のワークは実技中心で、言葉で説明したり理解納得することには重点を置いてこなかった。そのため「般若心経」に結び付けて考えるという発想も無かった。

けれども、からだの力を抜いていくと、からだは透明でからっぽな感じになります。空気に融けてしまったよう。「空の体感」です。そのまま言葉を語ると、言葉が彩りやリズムをもって表現されてきて、イメージの世界が立ちあがってきます。「空」に根ざした朗読です。

「野口体操」も「竹内からだとことばのレッスン」も、常識的、或は一般的な言葉で説明することが難しく、ずいぶんと苦労して来たのですが、「色即是空 空即是色」は私自身にとってとても収まりのよい言葉です。でもやっぱり他の人には分かり辛いかな。無いよりはましですね。

【先日、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」をワークショップのメンバーに読んでもらったのですが、話者の声を通して、話者の日常的なあやふやさを超えて、宮沢賢治さんの「生きる覚悟」が力強く響き出してきました。私にとっては「雨ニモマケズ」が「般若心経」なのかもしれません。お経も文学も体操も演劇も同じく人間のためのもの。掘り下げていけば、どこかでひとつに繋がるのでしょう。】

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