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2015年05月22日 (金) | Edit |
2015-05-19 029ed

20年ほど前、稽古場でのこと。公演前の舞台練習中です。私は舞台手前に貼りつくようにして腰をおろし、演技指導(演出)をしていました。舞台上で演技を進める数名の役者の挙動をもれなくキャッチするために、私が舞台空間の全体に神経を張りつめて演技を見守っていた時のことです。

客席では出番を待つ役者が待機しています。彼らは寝転んだり椅子にもたれたりと寛いでいます。私自身は舞台に視線を据えているのですが、それにも関わらず、彼らの姿が私の背後に見えてきたのです。視野が舞台上だけではなく、劇場空間(広さ60平米位の小劇場)全体に広がり、劇場の中にいる仲間たちの挙動が、演出席に居ながらにして全て見えていました。

演出と云う作業は、舞台での役者の一挙手一投足に、目を差し向け続けなければなりません。演出者は舞台上で進行する全ての出来事を、自分自身を空っぽにして自らの身体の中に刻み込まなければなりません。

そのために、後戻りすることのない集中、なにが起きようと前へ前へと眼差しを送り続ける集中が必要になります。収まりのつかない、云わばのっぴきならないところに意識的に自分自身を置きつづけなければなりません。演出席にただじっと座って、漫然として視線を舞台に向けたり、対策を練ろうと考え事をしていたのでは、創造的な空間=舞台は成立しません。

当時はそんな理屈も知らずに、舞台本番にむけて、ただただ一生懸命に演出席から舞台に視線を送り続けていたのですが、その集中が極限(限界)を超えてしまったのでしょう。思いがけず、舞台上から劇場空間全体へと私の視野(=からだ)が開かれてしまったのだと思います。

その後「からだとことばのレッスン」を重ねることで、このような空間的視野の把握については、レッスンの過程を通して参加者に体験をしてもらうことや、説明も可能になりましたが、当時は、たいへん不思議な体験として、私の印象に強く残っていました。

深い集中は、見ること、聞くこと、触れること、等々、私たちが日常的に常識と見做していることの向こう側へと、私たちの眼差しを開いてくれます。

この場合の空間的な視野の拡大は、自然の中で生活する野性動物にとっては、当たり前の能力かも知れません。人間のように視野を狭く固定していれば、背後から捕食者に襲われてしまいますから。空間的視野とは身体感覚の空間的な広がりです。

【視野を広げる機会が、生活の中からどんどん奪われていように思います。現代人は知らずしらずのうちに視野狭窄に襲われているのかも知れません。集中することで、自らの常識を超えて見えてくる、生きものとしての根源的な世界観。「からだ」を通じて見えて来きます。】


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