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2015年05月10日 (日) | Edit |

2015-04-03 005ed

「からだとことばと大地のレッスン」

難しさは、近代的身体観の故。脳に描き込まれた、身体観が、その他の身体観を受け入れる余地を奪う。

野口体操の動きを学ぶということは、近代的な自己観の崩壊を自らに課することである。

身体は「水の詰まった皮の袋」と興味本位に見て、それを利用することは出来る。けれども野口体操が分かるには、「水の詰まった皮の袋」であることを、自己が身につけている近代的身体観を払拭して、それにおき換えなくてはならない。

「水の詰まった皮の袋」と云うイメージを外から自身の身体に投影するのではなくて、自分が「水の詰まった皮の袋」そのものに成り切ってしまわねばならない。

それは自己変革、改革を迫ることでもある。それは内なる自然への回帰として。

(だからと言って、反近代的身体観や近代的身体観の否定と云う訳ではない。いつでもそこに戻れるし、むしろそれを包摂するのである。)

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