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2015年03月20日 (金) | Edit |

2015-03-11 007ed

緑地と農地を侵食していくように新興住宅が広がる小平市。東京西部の近郊にある静かな街に私は住んでいます。3.11の震災のときのことです。小平市は計画停電が実施され、電力の供給が止まり、街は深い闇の中に沈みました。

私は、仕事を終えJR武蔵野線を利用して、新小平駅に降りたちました。深夜に近い12時ころ、震災の影響で乗降客はまばらです。武蔵野線は地下路線を走っており、ふだんと変わりなく照明が灯されている構内を、地上の改札口へと向かいました。

改札を出て帰り道へ向かうと、駅前のロータリーを囲む飲食店の看板とシャッターが、ほの暗く白々として見えます。JR駅改札の煌々とした明かりを受けて、駅前の光景がぼんやりと照らされています。いつもなら、赤と青の彩りが点灯している交差点の信号器も消え、闇に囲われた駅前の光景は異世界への入り口といった風情です。

ロータリーから小さな街路を曲がり駅前を離れると、直ぐに闇の世界に踏み込みました。ふだんならば、一本道の車道を、右手に広がる生産農家の野菜畑や、正面の遠景に広がる奥多摩の山並みに眼をやり、遮る建造物のない空の広さに視界を広げ、土の匂いに浸りながら、ゆったりとした気分で家路に向かうのですが、この日は深夜、それも計画停電です。

まとわりつくような闇の中を進みました。まるで深夜の山深い林道を歩いているようです。突然、遠くから自動車のサーチライトが目に飛び込んできて、暗闇を横切り消えていきます。道路信号の消灯した街中で、車を走らせることは危険なのでしょう。一台の自動車が通り過ぎたあとは、エンジン音が消え、他の車の走っている気配は全くありません。シーンと染み入るような静けさが余計に、耳に染みてきます。

以前、一人で真夜中に登山をしたことがあります。鬱蒼とした木立に囲まれた谷間の小道は、深い闇に埋もれ足もとさえ覚束きません。木の枝を透かして落ちる、ほの白い夜空の明るさを頼りに、ゆっくりと歩を進めていました。風は止み鳥も鳴かない、もの音ひとつしない谷間で、空気が唸っています。耳に絡みつくように、身体に巻きつくように、うねりが押し寄せます。

音のないところに聞こえてくる音なので「無音の音」と名付けました。キーンとかジーンとかグーンとかズーンとか、言葉にすればそんな感じですが、重々しく渦巻くような響きが身体に伝わってきます。「無音の音」は大地の発する音(振動)なのでしょう。大地の音が空気を重々しく振るわせ、私を包む。

計画停電で闇に沈んだ市街を歩いていると、その時と同じ「無音の音」が私の周りを満たしていたのです。

車道の左手に立ち並ぶの家がぼんやりと見えてきました。だいぶ目が闇に馴れて来たのでしょう。窓灯りの消えた建物が、闇の中に白っぽく浮かびます。影を忘れた廃墟のような平べったい景色の中に、小さな工場と敷地内のタンクが目に留まりました。

機械音がすべて消えているのです。動力が立てる音、家電のモーターの唸りも、電灯がたてる振動も、電線の超低周波も。ふだん私達が当たり前のこととして聞いている、街の立てる音(振動・唸り)が消えた空間に、シーンと振るえるような「無音の音」が姿を現したのです。

「大地の奏でる重奏音(無音の音)が、山奥だけではなく、都市化されたこの街中でも、じつはいつも鳴り響いていたのだ!」私は嬉しくなりました。人間のたてる生活音や都市の喧騒を私は好きになれません。神経に触ると云いましょうか、心がざわつき疲れます。ところが、それは表層的な薄っぺらな騒音でしかない。根底には重く分厚く動じることのない大地の奏でる重奏音が、常に響きうごめいていたのです。

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先のブログに書いたように、からだ全体の骨は、声帯の振動に共鳴して音声を発します。声帯だけではなく、耳で判別できないような、さまざまな振動によっても骨は影響を受け共鳴しています。同時に、からだの使い方によっては、どのような振動を受け入れ、共鳴させるかを選択することも出来るはずです。

都市や人間が立てる騒音をうるさく思い、苦にしているということは、その振動に共鳴するような、自分のからだの使い方をしているからだと思います。騒音を無自覚に受け入れ、自分の骨と共鳴させてしまっているわけです。

大地の奏でる重奏音に共鳴するよう、自分のからだをチューニングし、大地の響きから自然の活力を受け取る。大地の力に比べれば、ちっぽけで表層的な文明のたてる騒音。大地とのつながりを回復し、その大きな力に身をゆだねるとき、からだと心は安らぎと活力を我が物とすることが出来るはずです。


またその響きの力に支えられた、発声や言葉の表現「骨の鳴る声」は、聞く人のからだとこころを力強く打つことでしょう。

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ゴッホの絵画「糸杉」の背景に描き込まれた渦巻き模様を思い出しました。画家の目には地球の奏でる重奏音が、眼に見えていたのかも知れません。

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