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2015年02月20日 (金) | Edit |

2015-02-17 002ed

「どうぞお互いに顔が見えるように、丸く輪になって腰を下ろしてください。」レッスンの始まりです。みんなが床に落ち着くのを待っていますと、お互いにまわりを見回してから正座をして、シャッチョコ張って坐っています。なんだか窮屈そうです。

「正座するのが楽な人?」この頃は、パッと手を挙げる人がいなくなりました。ここ20年程で坐の文化は過去の遺物となってしまったようです。「からだの緊張を弛めるワークなのですから、我慢は禁物です。どうぞ脚を崩して自分なりに楽な坐り方で坐ってください。」

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実は、みんなが一斉に正座をする原因は私にあります。床に腰をおろすと、私は必ず正座をしてしまいます。それを見て、集まった皆さんもつられて正座をします。まだ習慣としては、正座が残っているようですが、それは行儀の問題で、好んで正座をする人は少ないようです。無理をしているわけです。

私が正座をするのは、小学校の5年から中学生にかけて、剣道を習っていたためです。まだ骨の柔らかい年齢のうちに、固い板の床の上に正座をさせられ、脚の骨が変形しているのだと思います。つま先から足首・脛・膝頭までが、床にぴったりと面状に貼りついて体重を受けてくれるので、たいへん安定が良いのです。

床と点接触をしていないので、床ずれのように部分的に鬱血する事も無く、かなり長い時間坐っていても痺れません。また正座をすると背骨が鉛直に伸びて、骨格が体重を支えてくれるので、姿勢を維持するために筋力を使う必要もありません。疲れないのです。要は、私は正座が一番楽なのです。

私自身は、正座の気持ち良さを大いに実感していますが、残念ながら、椅子の生活が広がることで、床に直接に腰をおろす坐の文化は、維持が不可能になって来ているようです。

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「床に坐っているのが大変な人は、腕を突っかえ棒にしてからだを支えても構いません。ともかく無理のない楽な姿勢を見つけてください。」みんな、いわゆるだらしのない格好になります。寛ぎのポーズです。場の空気が和んできます。心もホッとするようです。力を抜くためには、姿勢と気持ちのつながりを感じることが大切です。この時間は、人に合わせることでは無くて、自分のからだが無理なく楽に居れることを大切にします。

「あぐらを組んでください。あぐらが苦手な人は、後ろの床に手をついてからだを支えてください。」あぐらが苦手な人も増えています。生活が西洋文明化しているのですね。

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以前、欧米からの留学生と、地元のお爺ちゃんお婆ちゃんと合同で、和室の畳に坐って、演劇の台本の読み合わせをしたことがあるのですが、30分程読み進むうちに、留学生の人達がだんだん辛そうな顔になってきました。やがて、みんな畳の上に寝そべって、台本を読み出しました。

背すじを伸ばして坐っている、地元のお爺ちゃんお婆ちゃんは、少々怪訝な顔でそれを見ていたのですが、たぶん「だらしがない」とか「けしからん」と内心思っていたことでしょう。私は笑ってしまい、身体文化の違いの話しをしたのですが。。。「ギリシア時代の思想家たちは、寝転がって互いに議論をしていたそうですね。」「日本人はあぐらをかいて、顔を寄せ集めて密議をしていたのでしょう。」云々。

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「あぐらを組んだ右脚(片脚)を伸ばして斜め前に投げ出して下さい。」「そのまま骨盤を左右に揺らして、脚の付け根(股関節)の辺りを弛めてください。」「眼は軽く閉じて、骨盤や脚の感じに注意を向け、右足の腰から足先までの中身をユルユルします。」「骨盤が後傾すると息が苦しいので、手を床について支え、できるだけ腰を立ててください。」脚の脱力と、呼吸のワークです。

太ももや膝・ふくらはぎの中身が、ユルユルと揺れるのが実感できるようになったところで、「右脚の中に息を通すつもりで、息を入れて吐いて。足首や足先も息をしてください。」と息を合わせます。脚で息をするというとみんな戸惑いますが、脚も呼吸による体内の圧力変化に応じて、膨らんだり縮んだりを繰り返しています。

「右足を手に取って足首を回します。」左ひざの上にのせてゆっくり大きくグルグル回します。足首が緩んで来ます。こんどは「土踏まずを指で圧します。」一押し一押しゆっくりと、足のウラの感じの変化に注意を向けながら。思いがけず足のウラが強張っていることに気がついたり、とても気もちよかったり、感じは人によって様々です。ふだんあまり注意を向けることのない、自分の足のウラの声に静かに耳を澄ますつもりで、大切に大切に圧してみます。

「両脚を前に投げ出して、左右の脚の感じを比べてみてください。」眼をつむったままで、両脚の感じに注意を向けてみると、ほぐした(弛めた)右脚の方が「暖かい感じがする。」「長くなった感じがする。」「からだまで暖かくなった。」「ふっくらフワフワしている。」「スッキリ。」「血の巡りが良くなった。」「膝ウラが床に落ちて着いて楽な感じ。」・・・「力が抜けた。」。一人一人それぞれに力が抜け感じをことばにします。

まだほぐして(弛めて)いない左足の感じは、「固い。」「短い。」「棒みたい。」「持ち上がっている。」「中身がつまった感じ。」「気持ち悪い。」・・・「力が入っている。」。

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右脚と同じように、左脚も緊張をほぐします。時間をかけて丁寧に自分の脚の中身の変化に注意を向けながら、左脚をほぐし終えたら、両脚を前方に投げ出します。

「両脚の緊張をほぐしましたが、どんな感じがしますか?」「腰から下の下半身が在る感じがします。」「さっきまでは下半身が無くなっていたようですね。」(笑)「からだ全体が暖かくなりました。」「冷え性が治ったみたい。」「足が引き攣らなくなった」・・・。

「どうぞ、もう一度正座をしてみてください。」「楽に正座が出来る。」「からだの力が抜けて(姿勢が)スッとした感じがする。」「気持ちが良い。」「からだが軽い。」「息が楽にできる。」「安定感がある。」「(とっても心地良い感じがしていて)このまま動きたくない。」・・・。

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呼吸が深くなれば心身ともに安定・安心します。そして深い呼吸とは、骨盤から股関節・腿・膝・脛・足首・足、つまり脚全体に息が通っていることです。どんな立派な呼吸法を身につけていたとしても、これが出来ていなければ、それは意味のないものとなります。

ここでは脚の屈曲角度で身体能力を計る可動域の大小は問題になりません。屈曲角度を大きくするために、力を入れてストレッチをしたり、弾みを付けて胴体を前に倒したりすることは止めてください。

先ず何より小さな動き(揺れ)に伴う、自分の脚の中に感じとられる変化に集中します。脚の中(皮膚の内側・中身)が緩む感じを実感してください。緩めば呼吸による圧力の変化が、息と一緒に脚の中へと伝わっていきます。日々繰り返しても直ぐには結果の出ない、地味な体操ですが、土台作りとして大切にしたいものです。

脚の中の緊張による滞りが抜けていれば、正座も無理なく楽にできるようになります。坐の文化の復活には、体罰のように無理やり正座を強いるのではなく、脚の中身の緊張をほぐし、息を通していくことが必要です。

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