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2015年01月15日 (木) | Edit |

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「レッスン模様(1)~(4)」では、ペアになってからだの緊張を弛めていく様子を書きだしてみました。ふだんあまり意識することのないからだの緊張に着目し、それを緩めほぐしていく。そうするとどう云うことが起こってくるのか?「からだとことばのレッスン」をひと休みして、今回は、そこのところを補足します。

からだの緊張がほぐれると、『まず何より気持ちが好い。』意識すること無しに抱えこんでいる筋肉の緊張は、血流や神経を圧迫し、血液や神経伝達の循環を妨げます。気分がスッキリしない、重苦しいなどと感じる(不定愁訴)のは、無意識の緊張が積もり積もって体内の循環力を阻害していることに依ります。力を抜くことで、滞っていた体内循環が回復しからだが活性化します。もちろん脳への血流の循環も良くなり、からだもこころも軽快になります。

『からだの動き(立ち居振る舞い=所作)が滑らかになります。』無意識のうちに関節や筋肉の動作を妨げている緊張を緩めたことで、からだを動かすときのギクシャクした感じがなくなります。立つこと歩くこと走ること踊ること等々、全ての動作が軽快でとても動きやすくなります。

『視野が広がります。』からだを十分にほぐし緊張を取り去ってから、立ちあがってみます。ふだんより背丈が伸びた感じがして、視点が高くなり視野も広がります。

競走馬は、ブリンカーと云う後方や横方向への視界を遮るマスクをつけます。視野を前方に固定し、脇目を振らずにひた走らせ、競争に勝利させるためです。人間も競争社会の中で、余計なことに脇目を振らぬよう訓練をされています。そのうえ、パソコンや携帯電話のような狭小な画面の中に、視界を固定することを強いています。

本来正面を向いたときの視野の広がりは180度以上あります。それを眼球のまわりの筋肉の緊張によって、狭い範囲に視界を集めます。長時間繰り返すことで緊張状態が無意識のうちに固定化し、視野の狭いことが当然の状態になってしまいます。視野狭窄です。力を抜くことで本来の視野の広さが戻ってきます。歩路を歩いていると、路肩の名もない花が、視野に飛び込んでくるようになります。

『息(呼吸)が深くなります。』呼吸の問題は、からだの緊張の問題です。からだは息の出入する器です。無意識の緊張に縛られ歪ませられて、器の容積が狭められ詰まっていたのでは、十分な息の出入りが出来ません。緊張をゆるめる事で、息を無理なく深く、からだ全体に行きわたらせることができるようになります。調心調息と云いますが、息を整えれば心も安定します。自然と深い呼吸が(いわゆる腹式呼吸が)できるようになります。

『姿勢が良くなります。』姿勢の悪いのは、背すじの緊張によって元々の背すじを伸ばす力が阻害されているからです。背骨周りのの緊張が抜ければ、背すじが伸び伸びと立ちあがってきます。

『重心が下がり地に足が着きます。』足腰を使って作業する機会が少なくなり、何をするにも胸から上の上半身に頼ることの多い、いわゆる文化的な生活では、重心がからだの上部にあがり下半身は安定を失います。いつも頭の方にからだを引き上げるような緊張不安が続き、浮足立った状態が常態化してしまいます。力を抜くことで、重心が下半身に下り、安定した姿勢で地面に立つことができるようになります。

『他者からみた、自分の存在感(印象)が変わります。』からだを緊張で強張らせ、堅苦しい印象を他者に与えていたのが抜け落ちて、優しさが自然とあふれてきます。にこやかで若々しく、明るくなります。人を受け入れる余裕が感じられます。

取り敢えずこのくらいにしておきます。もっと細かく見ていけばまだまだいろいろありそうです。

≪なんだか良いことだらけみたいで、恐縮ですが、レッスン自体はこれらのことを直接の目標にして進めるわけではありません。「からだほぐしのレッスン」でやっていることは、二人で協力してからだの内側の感覚に、繊細にていねいに注意を向け(集中)、からだへの気づきを深め、無意識に身についた緊張(構え)を洗い出し、からだの力を抜いて行くことです。繰り返すことで、集中の深まりに応じるようにして、これらの成果がやってきます。ご褒美と云って良いかもしれません。≫

レッスンは、「ことばとの出会い」を目指してまだまだ進んでいきます。からだのこと、アクション(人間行動)のこと、声のこと、朗読や演劇ワークも含み合わせながら。

続きはまた今度、次回レッスン模様にて。

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