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2015年01月05日 (月) | Edit |

2014-12-29 018-ed

2001年5月、私は北鎌倉円覚寺の学生座禅会に参加しました。

当時、竹内敏晴「からだとことばのレッスン」と野口三千三「野口体操」の理解を深めようと、仏教関連の解説書を読み漁っていました。仏教、とくに禅の考え方に照らしてみると、竹内・野口の語る「からだ」と云う言葉の意味が、見えて来る様に思えていたからです。

とくに、鈴木大拙博士(1870-1960、禅者・禅仏教学者・明治から昭和にかけて、欧米に禅を紹介した人)の語る、「即非の論理(AはAにあらずして即ちAである)」と云う言葉に興味を魅かれていました。私自身は哲学や論理思考には無縁で来たのですが、この言葉の意味を理解できれば、竹内・野口の語る「からだ」の意味が分かるのではないかと、理由は分からないながらも心が強く動きました。

      *         *         *

円覚寺に向かったのは、「鈴木大拙全集」第5巻(全30巻のうち。後に全巻を読破しました。)を読んでいた途中でした。北鎌倉の駅に昼過ぎに到着したので、駅近くのカフェで、手にずっしりと重い本に目を通しながら、15時の入門時間を待っていたことを思い出します。普通は禅の修行と云えば「悟り」とセットで語られますが、私は悟りには関心がない。大拙さんの書いていることが分かりたい。その一心で参禅しました。

5月連休、大きなボタンの花が咲く時節でした。円覚寺境内にある居士林の中庭に集合。鎌倉観光として物見遊山に訪れることはあっても、自らの坐禅修行のためにお寺の門をくぐることなど、考えた事もありませんでした。初めて訪れる禅堂です。私は無言のまま受付の開始を待ちました。集合した人達も無言。この世からあの世にわたる時刻の訪れを、皆で待ち構えているような、不思議な感じが漂っていました。

禅堂の玄関をあがり、受付と会費の支払いを済ませ、道着を着た学生さんに案内されて、道場の脇にある小部屋に正座をします。前後の人と膝が触れ合うほどの鮨詰めで、他の40名ほどの人達が受付を済ませるのを無言で待ちました。

全員が揃ったところで、禅堂生活についての説明や指示。座禅の組み方の指導。一段高みに立ったところから言い渡すような担当者の言葉に、私自身が囚人にされたような気がして、少々心がけば立ちました。どうやら楽しさとは無縁の世界のようです。

荷物を所定の場所に片づけ、堂内の坐る場所を指示されました。座布団に腰をおろし正座。他の参加者の姿を見まわすと、みな堅苦しい表情。袴姿に身をかためた学生スタッフは、経験者であることを誇るようなしたり顔。人から威張られるのが嫌いな私は、不機嫌を持てあまして、もう早速参加を悔むような気持ちになっていました。

当時の円覚寺館長足立大心老師と、学生坐禅会の指導担当僧侶の挨拶。説明、読経。その後、坐禅のスタートです。

80㎝四方くらいの大きな座布団に、丸い饅頭のような尻当て座布団(坐布=ざふ)を置き、坐布に腰を掛け、脚を胡坐(半跏趺坐または結跏趺坐)に組みます。腰を立て背すじを伸ばし面を挙げ、眼は開いたままで、1メートル向こうの畳の上に視線を置く。お腹(丹田)に意識を集中し、お腹で息を数える。息を吐いて吸って「一つ」、また吐いて吸って「二つ」と、十まで呼吸を数えたら、最初に戻って一つ、二つと、お腹で繰り返します。(数息観=息を数える行法)

線香に灯がともされ、煙が上ります。一本の線香が燃え尽きるまで、おおよそ45分間、お腹で息を数え続ける。あいだに10分間の休憩を挟んで、また坐禅をくり返します。

先ずは足の痺れとの闘いです。普段は痺れがくれば、伸ばしたりほぐしたりすれば済むことですが、坐禅では組んだ足をほどくことが出来ない。(左右で組む足を組み替えることは許されています)姿勢も直立で固定したまま身動きも出来ない。なすすべなく、足の痺れが意識の中で膨れ上がっていきます。

息を吐いたり吸ったりすれば、お腹の圧力の変化に押されて、足の痺れはますます激しくなります。周囲の人も、同様に苦しんでいるのが伝わってきます。関節も痛み出します。これではまるで自虐行為です。私は脱力法(野口体操)を学んでいるので「坐る前に十分に足腰をほぐしてから坐禅に入れば良いではないか。ふだんの生活で床に坐る機会のない人にいきなり坐を組ませるなんて、拷問だ。伝統主義の悪弊だ。」などと、内心で批判が起こって苛立ちます。

痺れに心が乱れ、息の数を数えることも出来ません。一つ、二つ、三つくらいまでは数えても、不快な思いに意識が囚われて、いくつまで数えていたのか、途中で分からなくなってしまう。やっと七つまで数えても、痺れと痛みで意識は朦朧としてきます。結局一度も10まで数えきることができません。「あれ幾つまで数えたんだっけ?七つまでだったかな?八つまでかな?始めに戻るのも悔しいから、つぎは九からということにして数えよう。九つ、吐いて吸って十。よし始めに戻ってもう一回、一つ、二つ、、。」こんな調子です。

苦しさに堪えきれなくて、線香が早く燃え尽きないかと、線香の燃え具合を横目で何度も見ます。じれったい、じりじりする。拷問。坐禅は鳴り物(鐘)の合図で進行します。線香が燃えつき、指導僧が鐘を鳴らす。その鐘の音を今か今かと、まるで餌に飢えた獣のように待ち受けている。そんな自分にますます苛立ちが募ります。

第一ラウンド(「一炷」いっしゅと呼ぶ=線香一本燃える時間約45分)の終了。ホッとしながらも、身体のことが専門の私としては足の痺れが悔しくて、何くわぬ振りして立ちあがろうとすると、足が無感覚に。よろけて怖々立ち上がる自分が情けない。尿意を催し、トイレ(禅では「東司」=「とっす」と云う)に駆け込む。緊張しているのでしょう。以後、休憩のたびに尿意を催し、トイレに行ってチビチビと排尿をくり返しました。スッキリしないことがとても気持ち悪い。

一日目は、午後3時のスタートから夕方までに2ラウンド、食事や休憩をはさみ、さらに4ラウンド、合計6炷=線香六本、つまり45分×6ラウンドの坐禅をしました。

夕食後の坐禅は、足の痺れに加えて睡魔との闘いです。照明の落ちた薄暗い道場の中、息を数えていると意識が飛びのき、突然頭が前に落ちる。姿勢がくず折れそうになるのをぐいと堪えて姿勢をただす。床にゴロリと横になりたくて堪らない。教室や電車の中でコクリコクリと舟を漕ぐのは心地の良いものですが、禅堂では僧侶が堂内を巡視しています。監獄の囚人さながら、看守の動向を横目に伺いながら、こそこそと居眠りを誤魔化しているような、何とも情けない気持ちです。

その夜、最終ラウンドの坐禅では、坐禅会の雰囲気や自身の情けなさへの憤懣で、イライラがつのっていました。坐禅を組んで息を数えていくうち突然に、腹の底から激しい怒りが湧いてきました。内心、いわゆるキレて何をやらかすか分からない状態です。半跏趺坐(坐禅のポーズ)を崩せば、駆け出して行ってしまいそう。強い怒りが身内をつきあげました。

(これは後に知ったことですが、坐禅会では参禅者のプライドを挫き、感情を煽るように、大上段に立った物言いをしたり、突き放すような指導をするそうです。私はまんまとはめられた分けです。)

円覚寺の門前を、JR新宿湘南ラインが横切っており、夜の闇の中を電車の通過音が身近を走り抜けます。「俺はこんな所で何をやっているんだ!あの電車に乗って東京に帰ろう!こんなくだらないところ(坐禅会)に居て何になる。(新宿の)スタジオに帰ってやれることはいくらでも在るだろう。。。」坐禅会を全否定するような言葉が心の中で渦巻き、坐禅を組みながらも心は電車に乗って、新宿に向かって滑り出している。禅堂から飛び出し、駅から電車に乗りこみ、新宿に向かう車中に居る自分が、本当に見えるのです。あとは怒りの衝動にまかせて、結跏趺坐を崩して走りだせばいいだけ。

当時は、人間と演劇研究所の運営が危機状況に陥っていました。バブル後の影響で、研究所の参加者は減り、西新宿にある研究所スタジオの維持費は負担を増し、そのうえ自分自身の仕事に自信を持てずにいる。このままでは20年に渡って続けて来た活動を休止しスタジオを手放さなければならない。家庭の事情もある。どうあがいても八方ふさがりで、茫然として鬱々とした気分を抱え込んでいる中、突破口を見つけようと挑んだ坐禅でもありました。

坐禅会への否定的な心情と、何も得ることなく帰宅し為す術もなく自分の仕事を諦めなければならない辛さが葛藤を起こし、心が引き裂かれるように激しく揺さぶられます。それでも致し方なく、怒りの底(=丹田)に注意を向け、引き続き息を数えました。

無言でお腹で息を数えます。「ひとぉ~」と息を十分に吐き切り、「つ~」と息を吸うと、風船が膨らむようにお腹に息が満ちてきます。お腹の風船を引き締めるように「ふたぁ~」と息を吐くと、「つ~」の吸い込む息でお腹が膨張します。息をするたびにぐんぐん下腹に力が満ちて来る。

絞り出すように息を吐く。吐き切って息を吹いこむと下腹のマグマにふいごで酸素を送り込んでいるような感じです。下腹に力が満ち気持ちも充実し、「丹を練るとはこのことか!(丹田呼吸法)」と発見の喜びが湧きました。いつの間にか激しい苛立ちは消えています。

一日繰り返した呼吸への集中が、最終ラウンドでピークを迎えての出来事だったのでしょう。やがてその充実感は去り、一炷の坐禅を終えました。夜10時には一日の修練を終え、冷たい布団にもぐりこみ、眠りに落ちました。翌朝は3時の起床です。
<二日目に続く>
13年前の体験を文章に起こしてみました。ほとんど公表することなしに、自分の心の中で温め続けていた体験ですが、こうして書きだしてみると、この時の体験が自分にとって如何に大切なことであったかが、見えてきます。先ずは意味付けぬきに、三泊四日の坐禅会での体験そのものを、数回にわたって掲載します。円覚寺の学生座禅会は都内の大学の坐禅サークルの共催で、歴史ある催しのようです。
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