FC2ブログ
2014年11月17日 (月) | Edit |

2014-11-06 008-ed

推敲舎の上田恵子さんが、人間と演劇研究所ワークショップに参加してくれた体験を、レポートしてくれました。
上田さんは、ここ二年ほど私のレッスン(ワーク)に興味を持ってくれて、毎回のようにワークショップに参加してくれています。(推敲舎のHPはこちら

10年ほど前に、大学の先生をしている友人から、「ばんさん(瀬戸嶋)のレッスンは、分析的・論理的文脈の中で説明するのは難しい。現象学的な手法に依る解説が必要だ。」言われたことがあります。

上田さんは現在、編集・推敲が専門の仕事ですが、学生時代には木田元先生(哲学者・現象学の研究者)のもとで、哲学を学んだ人です。

レッスンを何とか文字に起こせないものかと、私が相談したところ、快くレポートを纏めてくれました。

『現象学的からだ体験記―からだと声のレッスン・レポート Ⅰ 空間を満たす』です。

長文ですので、PDFファイルを以下リンクからダウンロードしてご覧ください。
【現象学的からだ体験記―からだと声のレッスン・レポート PDFファイル】

論文を読むような感じがあり、気楽に読むことは難しいかもしれませんが、私自身(瀬戸嶋)にとっては、たいへん鮮やかな切り口から、私自身のワークを照らし出してくれて、とても嬉しく思っています。
ついでながら、私自身のレッスンを「言葉化する」困難への言い訳(笑)を、以下に併載します。
ワークショップの参加者から「からだとことばのレッスンに、知り合いを誘いたいのですが、どんなことをやっているか、言葉で説明することが難しいので、パンフレットのようなものはありませんか?」と、たびたび質問を受けます。

じつは私自身、レッスンのパンフレットや案内文を作成しようと、10数年前から何度も挑戦をしてきました。そのたびに納得のいくものが出来ない。自らやっている仕事を口頭や文章で述べることに、困難を感じてしまう。

講座やワークショップの案内をする場合、パンフレットやチラシを作成して、告知(宣伝)するのが普通なのですが、それが出来ないわけです。

最近分かって来たことは、からだとことばのレッスン野口体操もそうですが、「先ずやって見て(行動してみて)、理解は後からついて来る」のが、その特色なのです。レッスンに参加すると、「こんな」ことを得ることが出来ます、「こんな」良いことがあります、と、「こんな」=結果(目的・商品?)を予め提示することが出来ない。

からだとことばのレッスン」は、演劇的アクション(行動)の課題を通じて、自分の狭小な自己理解を越え、新たな地平に立って自他に出会い、自他を理解しなおす作業です。いまある自分に何かをプラスしていくのではなく、自分の本質を残して、それを覆っている夾雑物を取り除いていくのがレッスンの趣旨です。

パンフレットを読んで「ああ、こんなことをやっているのか」と「理解」した上で、講座やワークショップに参加する。そして自分の「理解」(思い)を講座に持ち込んで、「ああ思った通りに、良かったな!」とか「チラシを見て思った程では無かったな!」「思った以上に得るものがあった!」と評価するのが普通でしょう。

けれどもそこには、何かを得よう何かを学ぼうとするときに、その学ぼう得ようとしている当の自分自体を問うことはありません。すでに確立した、自己に知識や技能を付け加えていくために講座に参加するわけです。

難しくなりました。

からだとことばのレッスンは、自分の中に隠された、本来の自分らしさを育てることです。
そのために、何かを付け加えるのではなく、自分本来では無いものをそぎ落としていくのがレッスンです。自分のほんとうの声・ことばを、自分のからだを、再発見し取り戻していきます。
私の云い訳よりも、どうぞ上田さんのレポートをご覧になってください。
【現象学的からだ体験記―からだと声のレッスン・レポート PDFファイル】


関連記事
テーマ:心と身体
ジャンル:心と身体