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2014年05月31日 (土) | Edit |

2014-05-24 001ed2

(5/20・21開催「セラピストならびにヒーラーのための脱力講座」より)
Tさんの感想
S&Hワークショップではありがとうございました

瀬戸嶋先生のワークショップの冒頭や途中のお話や言葉を聞いて、始めは自分のこれまでの経験で推察していて、理解はできませんが、そのあとに実際にワークに入ると身体を通じて、やっと観えてきて本質に近づくことができる気がします。

例えば「間髪を入れずに」。
普段何気なく生活していると、相手の言葉をすぐに答えに出そうとしたり、もちろんそういう場面も必要ですが、それよりも身体が置き去りになっていると気づいたり。

また、自然治癒は生きている中の全てに存在していることは、悩みや不安をどうにかすることに囚われ過ぎてしまうよりも、自然に何もしないことだったりと、それに自分で物事をいいこと悪いことに区別するのではなく、それに任せてただ観察することでしか観えてこない事の大事さなど。

また今回のワークショップは参加者のそれぞれにバランスが良くて、自分自身では見えないものが相手が鏡となり自分の本質も観えてきました。

演劇ワーク、声のワーク、坐禅のワークなど盛りだくさんで自分の中で消化するのに時間が必要な内容でした。

瀬戸嶋先生また参加者皆様ありがとうございました。
瀬戸嶋からTさんへの返信
お返事おそくなって失礼しました。
ここのところバタバタしていて御免なさい。
素敵な感想をありがとうございます。
とても嬉しく思いました。

今回のS&H脱力講座、主役はTさんでしたね。全体の流れの中で、一つの道を突き抜けてくれて、私にとっても大変意義のあるWSになりました。
最後のレッスン、「声出し」の中で、手を振って歌うTさんの姿と、皆に向かう力強さ。
素敵でした。
ひとつ突き抜けたTさんに、また次回もお会いできるのが楽しみです。

感想を拝見していて、一つ気になったことがあります。
「演劇ワーク、声のワーク、坐禅のワークなど盛りだくさんで自分の中で消化するのに時間が必要な内容でした。」とのことですが、2日間を通じて「股関節と全身の脱力」「地に足をつけて立つ」「船の別れ」(一日目)「脱力」「坐禅」「声を届ける」「歌いかける」(二日目)と進んでいきましたが、Tさんにとっては、消化できない感じが繰り返されたのでしょうね。

でも私は、Tさんにとって全てが不消化=消化不良(理解不能)であったから、あそこまで皆に「歌いかける」ことが出来たのだろうと思っています。

現代は、「理解できればできる」もしくは「理解しなくては出来ない」という考えが一般的な通念になってしまっています。

「理解をすると理解で終わっていしまい、理解したところから一歩も前に進み出ることができない」という発想は、なかなか分かりづらいものになってしまっているようです。

私達は他者や状況を「からだ」で受け取り対応しているのが現実であるにもかかわらず、全てを意識で理解して情況を処理しているという幻想に囚われてしまっています。

そこのところを不慣れにもかかわらず、Tさんは必死になって集中して乗り越え、「からだ」を主体として、意識による理解の束縛(自己限定)を断ち切って、自分を表現=仲間に手渡してくれたのだと、私は思っています。

ありがとうございました。
付記
ここのところ、ワークショップの報告に、参加された方々の感想を引用させて頂いています。

実は、私どものレッスンは、参加者がこうならなければとか、こうしてあげようと、結果を思い描いて進行することはほとんどありません。

参加者の一人一人が、普段より自分や他者の存在=「からだ」に深く集中して関わる。その結果として、各個人が自分ならではの発見や気づきを得ることが出来るのです。

集中が逸れそうになると、そっちじゃ無いよとレンズの焦点を合わせるようにして、方向性を変更することはありますが、何か特定の在るべき結果に向けて指導すると云うことはありません。

そのため、何かの基準に合わせて各人の活躍を評価することも出来ません。レッスンでの体験は各自の個性に応じた個人的なものとなります。こうして送っていただいた感想のみが、レッスンを物語る手がかりになります。

理解は体験の後についてくるのが、私どものレッスンです。記事を読んで参加してみたいと思った方は、あれこれ考えずに、先ずはどうぞWSにいらして下さい(笑)

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テーマ:セラピー&ヒーリング
ジャンル:心と身体