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2014年04月09日 (水) | Edit |

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 「(相手から、)自分に話しかけられている感じがしますか?」「(相手に話しかけられたとき)どんな感じがしましたか?」セリフや朗読のレッスンをするとき、言葉を語った当人のことはさて置き、私は言葉を受けるとる相手にまっ先に尋ねます。

 受け手の人は一瞬怪訝な顔をします。相手(話し手)は自分に向かって話しているのだから、声の大小はともあれ、受け手の人には声が聞こえており、自分に話しかけられたことに間違いはないはずです。

 こんどは、話し手に尋ねます。「相手に話しかけることが出来た感じがしましたか?」これもまた困っている。自分はちゃんと、台本にかかれたセリフを読んでいるのだから、そんなことは考えた事も無かったという顔をします。

 たいていの場合、話し手は食い入るように台本に目をやりながら、言葉を発しています。話し手の注意はすべて台本に向かっており、言葉を受け取る相手の方にはちっとも向かっていない。「本に向かって話していませんでしたか?」と私が問うと、二人とも「あっ!」という顔をして笑います。「そういわれて見れば、そうだった!」と、気がついたようです。

 もう一度、話し手が相手に向かって言葉を発してみる。聞き手に尋ねると「声が自分の方まで届いていない。手前で止まっている感じがする」。話し手にもそれが分かって、相手に集中しようと本気になる。

 何度か繰り返すうちに言葉が相手に届き始める。そのとたんに、言葉が感情やイメージを帯びて語り出されます。どう表現しようとか、どう発声しようかという、意図的な操作や努力はまったく必要がありません。

 セリフや朗読の言葉が、相手の身体に届けば、話し手の身体の中から、イメージや感情、つまり心の動きが、言葉に連られて相手に向かって引き出されていきます。

 演劇や朗読の練習というと、声をどう発するか、言葉をどういうふうに話すか、いわゆる話術の練習。もっと言えば、自分の声と言葉をどう加工するか、いかにもそれらしく身振り手振りまで交えて、語りはじめます。

 演劇はわざとらしくて嫌いだという意見を良く耳にしますが、実は私も同感です。自分という素材の上に、声色や表情を貼り付けるのが演技。悪く言えば、カッコつけるのが演技になってしまうのですから、見ていると、勝手にしたら!と云いたくなる。

 私にとっては、相手役や観客に向けて、自分の心の内面をひらいてみせるのが演劇や朗読です。外面的なカッコつけは邪魔になるだけです。大事なことは、普段よりもう一歩ふみこんで、他者(観客や相手役)に集中し、交流の中に自分を投げ出すことです。

 言葉のイメージと感情に身をあずけ、手放しで他者とかかわることが出来たとき、普段は味わえないような充足感と解放感=自由が、私達の心と身体にやってきます。そのとき舞台は明るさに満ち満ちたものとなります。

私は、演劇や朗読の専門家と舞台を作ったことは殆んどありません。専門家は舞台の上に形を作り上げなければなりません。私は、カッコなんかどうでもよく、舞台の上に命の花が咲き誇ればいいのです。一般の素人や障がい者の方が、自分の命を素直に表現してくれるからです。

 言葉との出会いを皆で楽しみましょう。「演劇体験ワークショップ」への参加をお待ちしています。

 当日は、身体と心の緊張をほどき呼吸を整える「感性の体操」(野口体操)、声の身体全体への共鳴をひらく「ラララーの発声」等、身体と声のウォーミングアップから丁寧に進めていきます。誰でも無理なく言葉を語ることへと講座を組んでいきますので、興味を持たれた方はご安心の上、どうぞいらして下さい。
4月15日㈫・16日㈬の両日夕、新宿で「演劇体験ワークショップ」を開催します。参加をご希望の方の参考になればと思い、上記一文を起こしました。詳細はこちらでご案内しています。よろしくお願いします。

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