2017年03月06日 (月) | Edit |

2017-02-21 020ed 


 前回ブログで、竹内に切り劈(ひら)かれた体験を書きました。

 (竹内敏晴の名著(と最近私は思っています)、その表題は『ことばが劈(ひら)かれるとき』(ちくま文庫)です。「劈」は「つんざく」とも読みます)

 よく切れる包丁は、食材を細胞の断面まで綺麗さっぱり切り分けます。刃物職人の技ですね。細胞がつぶれたり傷つくことがないので、刺身など舌触りが滑らかで、おいしく食べられるそうです。

 鎌鼬(かまいたち)という自然現象があります。風が渦巻き小さな竜巻が起こることで、空気が吸い出されて真空の空間が生じる。その真空に皮膚が触れると、痛みも打ち身も感じることなく、一瞬にして皮膚が裂けてしまう。本人の気がつかぬうちに、傷口から血が流れでているそうです。

 剣の達人の話を聞いたことがあります。頭上から自分に向かって太刀が振り下ろされたと見たその瞬間に、真横の太刀で首を落とされる。切られた方は、自分が切られたと意識せぬうちに、もっといえば自分が死ぬという意識を持たずに死んでしまうということです。

 私は、光の白刃で切り劈かれたと書きましたが、やはり切られたという意識はありません。気がついたら自分が真っ二つに「切れていた」・・・「切られて」ではなくて、他人ごとのように「切れて」いた。「あっ!切れてる。」という感じです。

 あまりに見事に断ち切られた傷口は、切断面に裂傷のような打撃による凸凹を残さない。痛みを感じませんでした。痛みがなければ、傷を治そう、傷を塞がなければとは考えることはありません。

 くどくどと何が云いたいかと言えば、真っ二つに切り劈かれた傷を、塞ごうとしたり、縫い合わせる必要を、私は全く感じていませんでした。つまり傷口を取り繕うことなしに、ただ合わせ置いただけ。以来、裂け目をそのままに、日々をを過ごしてきてしまったようなのです。(こんな切りひらき方をした、竹内敏晴師匠は凄い!とこのごろ思うわけですが。)

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 竹内の光の太刀に切り裂かれ、闇の中に仄白く浮かぶ私の姿とは、心理学や精神を研究する人たちの言葉を借りれば、おそらく私の「自我」そのものなのでしょう。

 自我が切り劈かれていながら、切り劈かれていることに気づくことなしに、その後30年あまりを過ごしてきたことになります。

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 「自我」に傷を受けることは、普通はトラウマ(心的外傷)と言い、その修復・回復が、災害時などの問題として取り沙汰されています。

 心的外傷とまで言わなくとも、心が傷つけば、その得体の識れない痛みや苦しみを何とかしようと、誰もが一生懸命になることでしょう。

 ところが私は傷を塞ぐことに、まったく注意を払わずに来ました。痛みも苦しみもないのですから、当然と言えば当然のことかも知れません。

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 あのとき「自我」が切り劈かれたのだと気がついたのは最近です。同時に自分が光にまつわる体験(前回ブログ)をしてきたことの意味・理由が見えてきたように思ったのです。

 ここでは「自我」という言葉が使いやすいので、これを続けて使いますが、私にとって「自我」とは、このとき切り劈かれた「私」です。

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 「自我」とは私と他者を区別する境界です。皮膚・体表の内側、それを「自分」として、他者や外界と区分け・区別するのが、自我の役割です。目の前の人の「からだ」を見て、その「からだ」は自分のものだとは、普通は言いません。

 同時に自分の心の内面に区別を立てるのも「自我」です。無性に腹が立った時、それは自分ではない。除去しなければならない、消し去らなければならないと、自分とそれに必要が無いものを区分けするのも「自我」といえます。

 内外の世界から自分を区別して、これが自分だと決めつけるのが自我のはたらきです。(この「自我」を取り去れば、内外という区別も、人間の意識が作り上げた時間と空間という概念も消え去ることでしょう)

 私の場合、そのような区別にたいして、無自覚に隙間を抱え続けて来たことになります。心的な世界が現実の中に噴きだしてしまう。あるいは他者のからだの内側の動きも含めて、他者のからだに同調(シンクロ)してしまう。

 実は、これがレッスンの時に無くてはならない能力なのです。常識的にはあり得ない「ものごと」への見方・受けとり方・考え方がこの時以来、竹内敏晴師匠によって私の中で始まったのでした。

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 お寺で、坐禅の最中に自分(からだ)が、光に連られて山中一杯まで広がった体験も、一般から見れば狂気・頓狂に属する体験でしょう。妄想と決めつけられても仕方がないと思います。けれども私自身にとっては、現実の体験です。

 この時は「いき」(呼吸・息)に集中することで、自我の裂け目を思い切り押し広げ、自我の壁=限界を打ち破ってしまった。その結果として内外の区別の無い世界を体験したのだと思います。

 もともと裂け目があったものだから、向こうから来るものと、ひと繋がりになってしまったのでしょう。自我のすき間を狙って、木霊が押し寄せてきたともいえます。

 また心理学的な見方・言葉を借りれば、赤ん坊の世界観を体験したということでしょう。自他の区別が無い世界です。

 赤ん坊が大人の視線を引き付けるのは、その身体の内側から兆して来るいのちの光に、大人が照らされるからでしょう。

 そういう「私」という存在と出会うことができたわけです。あの赤ん坊の笑顔を自ら体験するって、嬉しいことだろうと思います。何よりも何よりも幸せ!有難いことだった理由(わけ)が今ではわかります。

    *    *    *

 レッスンや舞台演出の時に、どう指導すれば良いかの見通しがつかなくなったとき、或いは二進も三進も行かなくなったとき、それは勿論、無い頭で考えに考え抜いた末なのですが、私は目の前の場や人に向かって、自分のからだ(=こころ)を投げ出してしまいます。

 見通しなど何もない地点に向かって、自分をさらけ出す。自分の心の内側から動いて来ること、湧きでてくる言葉を、何の覆いも無しに相手に向かってぶつけていくのです。

 やはり「自我」の裂け目から噴き出してくる言葉(何の修飾もしない生の言葉)を、そのまま投げかけていくのです。ある意味、常識的には無責任極まりないことです。

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 精神障がい者のデイケアでの演劇の稽古の時がそうでした。「相手役に、言葉を届けろ!」「駄目!」「相手を見て!」「声が出てない!」「しっかり言葉にしろ!」、「そうだ!」こんな調子です。ずいぶんと荒っぽい言葉で有無を言わせず攻め立てて行きます。そうしかできないのです。

 どういう風に演技をするようにとか、こまごまと戯曲の解釈を述べたり、相手の状態を尋ねることも一切ありません。

 本番二日前にメンバーの一人の所在が分からなくなりました。担当精神科医曰く「あそこまでやられたら、私だって逃げ出したくなるよ」。

 それでも私は、戯曲の言葉が生き生きと語りだされることのみを見つめながら、説明や意見を差し挟むことなく、ひたすらグイグイとプッシュをくり返しました。

 相手が病気であるとか、職員であるとか、お構いなしです。私の「いのち」の赴くところへと、わたし自身の中身を晒し、真っ向から関わっていきました。

    *    *    *

 レンズを通して太陽光を一点に集める。隣り合うレンズからも一点に集められた光がある。私のレンズの焦点と演技者の焦点が一点に重なり、白熱し光を放つ。私は演技をするメンバーの隣りに立ち、その一点から、その人が注意を反らすことを許しませんでした。

 その一点は、舞台上の相手役に置かれたり、客席の観客に向かったり。レンズは「からだ」です。「光り」は声であり、その声が相手役や観客に届き、焦点を結び「ことば」が煌めきだします。その煌めきがさらに、相手役や観客の「からだ」に「灯」をともします。

 演技者相互のそんな台詞(ことば)のやり取りによって、舞台上に戯曲の世界が浮かび上がって来るのです。

    *    *    *

 「自我」とは、その内側に光りを囲う、薄い膜のようにも思えてきます。舞台の上で相手役や観客に全力で自分を投げかけるとき、「自我」の薄膜(壁・境界)を越えて自己の深部から光りがあふれ出し、相手の光りに呼応して輝きを増します。

 その光りの力によって、舞台上に日常を離れた、メンバー一人一人の感情の煌めき=「ことば」と、「いのち」の奔騰が満ちあふれるのでしょう。

 精神障害者リハビリテーション医療センターでの演劇上演は、メンバーと職員、その友人・家族・知人を巻き込んで、素晴らしいハレ(非日常)のひと時を体育館の空間に劈いてくれました。空間を光りの粒子が満たし、ほんとうのお祭り(=祝祭)が成立したのです。

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 ここでの演劇公演の成功は、私自身の努力に依るものではありません。努力と言うことから言えば、上演に関わってくれた人たち全員が、一人残らず、それぞれにそれぞれの立場で精一杯、無理を承知で努力してくれました。失踪したメンバーの一人も本番には帰ってきてくれました。河原に行って、気持ちを休めていたそうです。

 私が何をしたかと言えば、「いのち」を信頼し続けたことだけのようです。

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 私は自分が、ぐったりと疲れていたり、悩みに気持ちが塞がっていたとしても、稽古場或いはレッスンに向かおうとした途端に、「からだ」を内側から押し広げるような、ふんわりと柔らかな「いき」が自分の内部に満ちてきます。

 そして、ほんのりと湿り気を帯びて温かなその「いき」が、まるで温泉の湯煙のようにレッスンの場に溢れ出していくのです。(煙が目に見えるわけではありません。湿っている訳でもありませんが、実感として、そんな感じです)

 そして「いき」に乗って必要な「ことば」が、参加者に向かって語られます。息づかいと一つになった「ことば」が、「からだ」の中から零れ(こぼ)れ出してきます。息づかいと言いますが、「いき」が私を遣うのです。

 ただしこのような状態は、私が意識して作り出しているわけではありません。不思議なことにレッスンや稽古を目の前にすると、このようなことが起きてくるのです。

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 「いのち」(=命)の語原は、「息の霊力」。「い」は息を表し「ち」は力を表すそうです。つまり「いきのちから」が「いのち」の意味です。 

 レッスンや稽古の場では、私の意志や計画・努力を差し置いて、「いき」=「いのち」自体が、私の「からだ」と「こころ」を促し、レッスンを進めて行くのです。だから私自身が努力をして、レッスンや稽古をしている感じがしません。レッスン或は稽古自体が、またその場の全員が、どこへ向えば良いかを、私の「いのち」は知っているようです。

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 私が一人でからだとことばの教室を受け持つようになった頃、「ピュアな場ですね」と、見学者に言われたことがあります。ピュア:[pure][名・形動]まじりけがないこと。純粋なこと。と辞書にあります。

 当時はレッスン修行中。参加者のために何をしようとしているのか、何を手渡すことが出来たのか、自信の持てないままにレッスンを続けていました。そして正直なところ、それはつい最近まで続いていました。

 自分の仕事に自信が持てない。意味を説明することが出来ない。だから参加者に申し訳ないという思いがいつも心の片隅にありました。

 ところが今、36年を経て、これまでのレッスンが意味のないことではなかったと思えてきました。その間、出会いも別れも、厳しいぶつかり合いも、辛い痛い思いもありました。けれどもいつもピュアな「いのち」をレッスンの場に、劈き続けてきたことは間違いなかったのだと思えきています。

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 野口体操で「寝ニョロ」という運動があります。竹内レッスンでは「からだ揺らし」と呼んでいます。仰向けに寝転がった人の「からだ」に波を伝えて「からだ」と「こころ」の強ばりを解きほぐして行くレッスンです。

 強ばりとは「自我」の身体への現れです。筋肉の緊張が「からだ」の表層を鎧うように覆っています。その締め付けが強くなれば、「からだ」の中に働いている循環作用が妨げられます。筋肉の強ばりが血管や神経の巡りを堰止めます。

 私たちの生命は、身体内外の様々な物質の循環作用によって、維持されています。それが緊張=強ばりに阻害されることによって、身体の動きが鈍く感じられたり、脳へのエネルギー供給が滞り、気分障害や憂鬱情態が襲ってきたりと、「からだ」と「こころ」に変調をきたします。

 地面(床)に横たわり、「からだ」を揺らすことで強ばり(緊張)がほどけ、「からだ」のなかに起こる微細な変化へと感受性が深まり、「からだ」の中の「いき」の流れが観えてきます。同時に「からだ」は循環力を解き放たれて、解放感に浸されます。

 これも「いき」=「光り」の流れです。
 
    *    *    *

 繰り返しになりますが、私にとって「いき」は「光り」です。また「こえ」も光りであり、「ことば」とは「こえ」によって浮かび上がる光りの色彩・姿です。もちろん「いのち」は光りの力です。

 「からだ」「いき」「こえ」「ことば」「いのち」、それらの根底を眺めれば、「光りがある」と言った方が良いかも知れません。そしてその「光り」は私の行く先を照らすものだったのです。

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 最後に付け加えて置きますが、野口体操も竹内からだとことばのレッスンも「光り」自体を求めているわけではありません。もちろん私自身もです。「光り」は行く先を照らし、人生や探求の、方向性・見通しを劈いてくれますが、それはあくまで「光り」自体の志向です。

 「光り」を支配し、自分=「自我」の都合に合わせて、それを利用をすることは、私たちには出来ません。もし「光り」を私物化し、自分の都合で利用を強いるならば、宗教問題や原発事故のような、とんでもないところへと私たち自身を追いやることになるでしょう。

 私の場合は、どうやら不安の中をデクノボウのように真正直に歩むときに、私の歩みが確かであると知らせようと、「光り」は私に姿を観せてくれるようです。

「光り」を目指し、それを認めて終点とするのではありません。自分の道をエッチラオッチラ歩みを進めていくしか無いということのようです。これからも大いに迷いを楽しみながら。 

    *    *    *

 竹内に直接に指導を受けたのが、1981年から88年まで。竹内の怒りに切り劈かれたのが、84年の頃のことです。順に、精神障がい者施設での演劇公演の指導が88年、教室を単独で担当し始めたのも88年、鎌倉円覚寺学生座禅会に潜り込んで、坐禅を体験したのが2000年ミレニアムの頃。

 振り返れば、いつも「いのち」の風に背を押されて歩んできたことが、今になって見えてきます。私のこれまでの人生は、意識あるいは意志的努力によって、選択・開発・獲得したものではありませんでした。「運命」とは、「運ぶ」「いのち」です。「いのち」=「いきのちから」に運ばれてここまで生きてきたようです。

 そして漸く見え始めたのが、いのち(=からだ)への信頼感を取り戻していくことが、私に与えられた仕事なのだろうと言うことです。


【ブログを更新しました】
 ジグゾーパズルのように、記憶の断片が収まるべきところに納まって、思いがけない意味が浮かび上がって来ています。
 何の見通しもなく、次々と目の前にやってくる出来事に巻き込まれながら、それでも「竹内からだとことばのレッスン」「野口体操」と、遮二無二しがみついてきた私。
 誰になんと言われようと、どんな状況に置かれても、脇目をふらず黙々と歩み続けてきてしまった、自分が見えてきます。
 時々に訳も分からず放置してきた体験の断片が、年月を経て意味を結び始めているようです。
 私は自分以外の人たちの物語(生き方)を、いつも羨ましく思っていました。それは、自分には物語がないと思っていたからです。
 そんな事はありませんでした。私はずっと、私の物語りを綴り続けて来ていたのですね。嬉しいです。ありがとうございます。
(瀬戸嶋 充・ばん)

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2017年02月22日 (水) | Edit |

2017-02-20 001ed 


 竹内に怒られたことがある。これを怒られたと言えるのかどうか、難しいところですが。(竹内敏晴ー私の師匠・演出家・からだとことばのレッスン指導者)

 本番直前の舞台稽古でのこと。竹内演劇研究所「からだとことばの教室」は、3か月間の最終レッスンに演劇の発表会をします。15名ほどのメンバーの演技指導を私が担当しました。

 ここ二週間、参加メンバーと連夜の稽古を続けて来ました。教室スタッフとして初めて任された発表会。私自身の、これまでのレッスンや舞台での体験を手掛かりに、メンバーと共に練習を重ねて来たのです。

 けれども経験不足はどうしようもありません。稽古が上手くいかない。途方に暮れる。発表会当日を迎え、これ以上打つ手がなく上演の見込みも付かないまま、本番前に最終の稽古を竹内に預けました。

 竹内が指導に入ると、見る見るうちに舞台が活気づいてきます。戯曲の内容が鮮やかに浮かび上がってくる。メンバーの表情が舞台本番に向けて明るく開けていきます。真剣ながらも喜びを内に満たし、生き生きとしたメンバーの顔・顔・・・顔。

 私も素直に喜びを共にすれば良いのでしょうが、内心は複雑でした。竹内に私の至らなさを救われ、安堵し嬉しく思う反面、自分の力量不足が悔しかったり、情けなかったり。何とも言えない惨めな気分を味わっていました。

 竹内とメンバーに対する申し訳なさ。自分の無能を悟られることへの屈辱感と恥ずかしさ、怖れ。メンバーと、スタッフとしての自分の立場を引き比べる惨めさ、劣等感。竹内の指導する舞台稽古を見ながら、さまざまな思いが私の中で湧き立っていました。

 竹内の指導が終わり、私は無力感に襲われたまま客席からみんなの様子をうかがっていました。そこには竹内とそれを囲むメンバーの一体感・信頼感。その輪から押し退けられた私の孤絶感・孤立感・羨ましさ。

 「私に何ができるのか!」それでも「何かをしなければ!」。私はその場でスタッフらしさを誇示したかったのでしょう。竹内に声をかけ、メンバーへのアドバイスを求めようとました。

 竹内の疲れ切った後ろ姿に「竹内さん」と声をかけ、彼の肩に手を置いた瞬間のことです。竹内の「からだ」から私の「からだ」へ無言の「怒り」(光り)が飛び込んできました。

 白光の束が、氷の刃(やいば)のように噴きだし、私の腕を通り抜け、私のからだに飛び込んできたのです。光り(怒り)の剣が「私」を真っ二つ切り裂きました。

 その瞬間、私は真暗な闇の中、天地に切り裂かれた自分の姿を見ていました。稽古場の様子は意識から消え、ネガフィルムを見るような、ほの白い私の立ち姿が闇に浮かんでいたのです。

 刀傷を微塵も残すことなく、左右に断ち切られてしまった隙間からは、眼には見えない血を流しています。けれども痛みも苦しさも感じません。

 身動きさえできず、じっと静止したまま、感情のざわめきは消えてしまい、むしろ音のない闇の静けさに包まれています。私は茫然と立ち尽くしていました。

 それは一瞬のこと。竹内の姿が視野にもどり、私の縋(すが)るような眼差しを察したのでしょう。「やるべきこと、するべきことは稽古の中でメンバー全員に伝えた。」と、竹内の一言。

 直ぐに発表会の始まりです。劇場内は舞台上演に向けて動いています。思い煩ってじっとしている訳には行きません。逃げ出すことも叶いません。無言で竹内を離れ劇場を見渡し、私は裏方へ入っていきました。

 舞台が始まると、自分を脱ぎ捨て弾けるメンバーの姿がありました。舞台上で相手役に向かって、自分を乗り越えようと必死になる。その一人一人の緊張と震えが客席に伝わってきます。観客は息を凝らし舞台に食い入る。緊張が頂点にきたとき、それが「バッ!」と破れる。観客も「ドッ!」と歓声をあげて笑いが広がる。

 舞台と観客を行き交う息づかいが交錯し、劇場内が一体感に満たされます。稽古では思い描けないような、メンバーの明るく輝く姿に魅せられ、私も大いに笑わされました。演目は「出会いのトランポリン」(ミーガンテリーの戯曲:Coming&Going)です。

 上演を終え、舞台の出来に私の気持ちも明るくなり、メンバーと手をとり喜びを共にしていました。チョッピリやるせなさもありましたが、そこは打ち上げで飲んで騒いで、きれいさっぱりです。

    *    *    *

 大げさなように思われるかもしれませんが、竹内に怒られたときの体験は、この通り、このままです。30年以上を経て、いまだ私の記憶にはっきりと刻み込まれています。

 その後、この時の体験の意味を考えることはありませんでした。常識はずれで恥を晒すようでもありました。他人に話しても理解や共感を求めることは出来ないことでしょう。「ほとばしる光りの流れが私を切り裂いた」ことなど。

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 今頃になってその体験の意味が、私の中から浮かび上がってきました。どうやら、私のレッスンを考えるうえで、その中心を流れているのが「光り」の体験のようなのです。

    *    *    *

 お寺で坐禅を組んだ時のことです。日暮れた境内の中、一般者向けの道場で結跏趺坐(胡坐)を組み、呼吸に集中していました。
 
 一つ二つ・・・と息を数えるうちに、吐く息に連られてからだに「グッ!」と力が満ちてきます。樹木の固い幹のように、丸太ん棒のように全身が固まってきて、微かな息しか出来なくなりました。

 さらに息に力を込めた瞬間。裏山の中腹から木の厚板を叩くような、軽やかな音色が響いてきました。

 境内の奥、山上にあるのは修行僧の専門道場です。カンカンカンと木板を叩く音は、道場から参道に沿って、樹木に谺(こだま)しています。木板を槌打つ音が、樹々の響きを呑み込みながら、谷間をこちらへ駈け下りてきたのです。

 樹々の谺と鎚音の呼応しあう光景が眼に浮かび、うっとりとその美しさに聞き入っていたところ、谷間の景色は暗転し、響きは音を消し、光りの流れに変わりました。

 白い光りの怒濤が、暗闇を奔(はし)る龍のように、音もなく谷間を這い降りてくるのです。光芒が参道にそって、白い飛沫を飛び散らせながら、こちらに向かって駆け降りて来ます。

 光芒に呼応して、こちらから、私の方からも光りの帯が谷を昇っていきました。やがて両方の流れが出会い、再び谷を昇り始めます。山の中腹を越え、光芒は境内の後方を取り囲む山々の稜線へと駆け昇っていきます。

 山稜の影を超え、夜空に差し掛かったところで光りは消えました。代わって、山上の夜空を区切る境界線が見えてきます。こちらの側には境内の建物とそれを囲む山並みが、天空の境界線(天末線)によって切り取られ、陰影のままその中に納まっているのが見えて来ました。

 境界線の向こう側には、私の認識を阻む、漆黒の闇があります。命あるものとは一線を画した虚無の闇のようです。

 この境界線の内側までが「私」の「からだ」なのだと、納得させられました。なんだかちっぽけだと思いながら。

 やがて意識が反転し、境内の御堂で坐禅をする自分の姿に戻りました。「からだ」の内側に注意を向けると、こんどは境内の世界すべてが坐禅を組む自分の姿の内側にありました。その途端、涙が溢れてきました。息が深く自分を貫き、その奥底から感謝の思いがとめどなく溢れてきたのです。

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 これも「光り」にまつわる体験だったのです。その他、糸を引くように、様々な体験が浮かんできます。

 精神科のデイケアで井上ひさしの戯曲「十一匹のネコ」を上演した時のこと。感動に包まれた体育館の空間を「光り」の粒子が、キラキラと舞っていたことがありました。

 戯曲の力と、劇場を満たす深い集中が相俟って、その場に集う人々の「こころ」(=「からだ」)の奥底より、光りが解き放たれたのだと思います。
 
    *    *    *

 その他レッスンの場での、細かな場面ですが、やはりどれも「光り」がありました。

 竹内敏晴の指導する「呼びかけのレッスン」。誰かに向かって話しかけようとすると、声の軌跡が見えてくる。それは陰影の中に浮かぶ「光り」の光跡です。

 野口体操で身体の表層の強張り(緊張)をほどいて行くと、その人のからだの深部から光りが兆してきます。からだ全体の表情が明るくなります。

 私がことばのレッスン(朗読のレッスン)をするとき、ことばが光りを帯びて他者に至り、その場に、物語に描かれたイメージを浮かび上がらせる。

 姿勢と呼吸の指導をしている時に私は、「からだ」全体の息の流れ=「からだ」の陰影に浮かぶ光の流れを観ています。

 おそらく、細かい具体例をあげれば、きりがないようです。

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 結論から言えば、「光り」とは、「いき(息)」そのものだと私は思い始めました。そして「いき」は「こえ(声)」でもあります。

 発声のレッスンでは、「声を出そうと努力するのではなく、相手に向かって息を届けろ!」と指示をします。「こえ」も「いき」です。息が日常の空間を超えて他者に届くとき、非日常の場が劈(ひら)かれます。劇(演劇)的な空間が息づくのです。

 私の仕事=「からだとことばのレッスン」は、からだの調律であると以前に書きました。「いき」=「こえ」=「光り」の劈かれるために、「からだ」の調律=自然の理に「からだ」を導くことが、私の天職だといまは考えています。

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 なんだかファンタジー小説のようですね。現実に引き付けると、眉に唾を付けたくなるようでもあります。けれども私にとっては「からだ」を通じて観た、実体験です。それをそのまま書きだしてみました。

 こんなことが普段いつも見えている訳ではないし、ましてや観念をこね回して、物語を思い描いたわけでもありません。

 演劇や「からだとことばのレッスン」「野口体操」あるいは禅という、非日常の場で、私の感性の目に映ったことどもです。

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2017年02月15日 (水) | Edit |

2016-12-03 002ed 


 私が野口体操から学んだのは、既得の身体観を否定した先に、何が・どんな「からだ」が観えるかということである。

 野口三千三さんは「からだが硬い人は一人もいない。自分のからだが硬いと決めつけるのは(人間の・意識の)傲慢さである。」と言い切っていた。

 野口さんに出会ったのは、私自身まだ若かりし頃。こんな言葉を素直に受け取ってしまった。「誰もがからだは柔らかい」私がレッスンで人に向かう時に、私の根っこにあるゆるぎない言葉=ものの見方・考え方となった。36年前のことだ。

 以来、私はこの言葉に疑いや否定的な意見をもったことがない。むしろこの言葉によって私自身の自意識が繰り返し問い返されてきた。馬鹿の一つ覚えという言葉のとおりに、「誰もがからだは柔らかい」を私は自分の真ん中に収めてしまったのだ。

 ところが、世間には「自分の身体は固い」という人があふれている。教室の外では「誰もがからだは柔らかい」とは、殆んどの人が思っていない。

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 野口体操に「寝にょろ」という動きがある。床に仰向けになった人の足先を揺らして全身に波を伝える体操だ。どんな人の身体もユラユラと波が伝わって身体の緊張が解け去っていく。寝転がっている「からだ」がニョロニョロ動くから「寝にょろ」である。

 この体操をすれば、「誰もがからだは柔らかい」ことに納得がいくはずだ。けれども実際には、誰もが半信半疑である。レッスンの場でのことは特殊な例であって、自分のからだが柔かいとは認めない。

 どうやら意識(脳)の中に、「身体は固い物」なのだと既得の観念が貼りついているようだ。社会通念・常識としての身体の見方が、一般に確立してしまっているのだ。

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 「固い身体を、柔らかくしなければならない」と学校の体育の授業で、私たちは仕込まれて来た。柔軟体操・ストレッチと努力をして身体を柔らかくすべきだと。「からだは本来硬い物だ」との考えが、子供のころから私たちの意識に教え込まれ、それが常識になってしまっている。

 どれだけ深く前屈が出来るか、身体を反らせるか、開脚ができるか。関節がどれだけ大きく動かせるか、その角度の大きさが身体の柔軟性の評価基準になっている。身体が固い者は運動能力が劣っているのだから、柔らかくなるように、努力しなければならないと。

 「からだ」は生き物だ。外力でねじ伏すように、無理やり筋肉の伸縮や関節の稼働を強いれば、苦痛を伴い抵抗を起こす。体育の授業で運動嫌いになる人が多いのは、この苦痛が原因になっているように思える。

 意志力で無理やりからだを従わせる。からだの自然性・内発性への感知能力の強い人は、それを無意識に拒否する。体育が苦手な人の極め言葉は「私は身体が固いから」である。こう言えば、体育授業への拒否とは思われない。教師に睨まれることがない。

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 体育の授業での目的は「打ち克つ」ことである。自分に・他者に・競争に打ち勝つ。そのために身体を鍛えあげる。

 自分の人生の理想を成し遂げるためには、頑張ること・頑張れること(意識的に緊張・努力すること)が大切なのである。健康さえ意志的努力によって自ら作り出すものとなる。

 身体を固い物と見て、それを柔軟にすることの目的は、やはり頑張ることが出来るための準備体操である。硬い物は努力して柔らかくしなければならない。無暗に身体を鍛えるのが趣味の人を観ると、ある種の強迫観念となっているよう思える。

 「自意識(頭脳)が司令塔となって身体(肉体)を従える」という考えが、体育の身体観の基礎にあるのだろう。心や感情も意識の指令の下にコントロールされなければならないと考えられているようだ。

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 「誰もがからだは柔らかい」を腹に収めるということは、このような自意識主体の身体観から、一線を画すということである。

 一般に認められ常識となって根付いている「自意識(頭脳)が司令塔となって身体(肉体)を従える」という既成概念と真っ向から闘い、それに変わる身体観を主張しなければならない。

 それは同時に、私の中の常識を改めていく作業でもある。これまでの人生で私自身が無自覚に身に付けた知識や態度が、「誰もがからだは柔らかい」という言葉によって、剥ぎ落とされて行くことでもある。

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 「誰もがからだは柔らかい」と主張することは、身体(=からだ=自然)を主体とした身体観と、そこから始まる世界を周縁に向かって歩むことへと私を促す。同時に自分の中に長年かけて降り積もった、自意識主体の身体観をそぎ落としていく作業が始まる。

 社会通念として世間に認められた常識の中に、脚の置き場がなくなる。「誰もがからだは柔らかい」という言葉は、世間からも常識からも、その外側へと私を追いやる劇薬なのだろう。社会一般の価値観(ものの見方・考え方)を離れることは、社会的な立場からの突出を意味するだろう。

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 けれども、「誰もがからだは柔らかい」に依ってしか成立しようのない物事がある。「いのち」の主体としての「からだ」が見えてくる。それが今では分かる。長年の苦労の甲斐があったということか。

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 「からだ」の固さとは、柔らかさの湖(プール)に浮かんでいる自意識なのである。意識され得る実感が固さなのである。自意識が自分の存在感をアピール(区別)するために利用するのが、実感としての固さだ。

 状況に適応し身を守るために意識的に身に具えた固さなのである。身構えという。生れたときから固いなどと言うことはありない。

 そういえば、全身麻酔をかけると、身体の強ばり(緊張)が消えて、全身の筋肉が弛緩するという話を聞いたことがある。意識の主張が消え去るとき、身体は柔らかさそのものに戻る。緊張の主因は脳の指令にあるのだ。

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 自意識の強迫的な身体への緊張の強制は、筋肉の強張りとして身体中の循環作用を妨げる。血管を圧迫し神経の伝達を阻害する。血液や体液あるいは神経信号など、生体の持つ循環作用によって私たちは生命活動を維持している。それなのに、その「いのち」の働きが自意識の指令=緊張によって妨げられる。病気は緊張が固着した結果である。

 「風邪は万病の元」というが、風邪は発熱をもって、この固着を解き解消する自然の働きである。万病へと固着の影響が悪化する以前に、風邪を十分引き切れば、万病に至らずに済む。

    *    *    *

 手首をロープできつく縛り上げることを考えれば良いだろう。手首から先は、血液の循環を妨げられ、体温を失う。神経も圧迫され、手首から先は無感覚になり、やがては壊死することだろう。凍傷と一緒だ。

 もちろん、生体は自己のいのちを守ろうとする。痛みをもって、意識に訴え解放を促す。からだの発する感覚的な快不快や痛みのメッセージは生命が維持されるために非常に大切な要素である。感情も同様である。それらは自意識(自我)に対する、「いのち」の側からのメッセージである。

 生きていく上での主役は「からだ」である。自意識は脇役である。脇役が主役になっては、戯曲(ドラマ)は成り立たない。酷い芝居になるだろう。舞台には誰一人として、不必要な登場者(役)はいない。だから全員が主役だという言い方も出来るが、脇役は脇役に徹することが主役なのである。生命の全体性、そのドラマを担うのは「からだ」=「いのち」である。自意識はそれに協力をする脇役である。分をわきまえるべきである。

 ところが、私たちは「我慢」を大切にする。我慢とは、持続した緊張である。それは身体の内部の筋肉のしこりとなる。

 からだが自然の働きとして持ち合わせている痛みや感情を、自意識(我)がからだを固めさせることで、無視して押し込めてしまう。

 「我慢」とは、文字通り我に慢心してしまう。慢心とは自己主張に閉じこもり、人の声が聞こえなくなった状態だ。この場合は、「からだ」=いのちの声に、自意識が耳を傾けることが出来なくなった状態だ。

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 からだの内部を緊張させ強張らせることで、心の動きを無感覚へと押し殺してしまう。これが身体のしこり・凝り・強張り=持続した筋緊張である。それは同時に心のしこり・こわばりでもある。

 手首をロープで縛るとは、極端な話しであるが、私たちの身体の中で、見えにくい形ではあるが同様のことが為されている。

 身体内の循環作用が筋肉の強張り(筋緊張)によって阻害されれば、気分が心身ともに鬱々としてくる。脳を含めたあらゆる臓器の活動が、自意識の指令によって凝り固まった筋緊張(強ばり)により、本来の回復能力や運動能力を発揮できなくなっているのだ。万病の栄える原因である。

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 「こだわり」と「こわばり」。こだわりは、心理(こころ)の問題。こわばりは身体の問題と分かれる。しかし、日本語(からだことば)の中ではこれは同じ意味内容を持つように思う。同じ一つの「いのち」の在り様を、自我(自意識)の都合で、二面から言い現している。

 心の「こだわり」も身体の「こわばり」も、「柔らかさ」の湖に浮かぶ氷塊のようなもの。柔らかさとは「いのち」の本質である。「いのち」の流れで氷塊を溶かし、「からだ」と「こころ」の区別の無い世界から、自己を他者を人間を、自然世界を見つめ直してみてはどうだろう。

    *    *    *

 私の中に居座る「からだは誰もが柔らかい」という言葉が、ここに延々と言葉を紡がせたようだ。

 我ながら理解の届かぬ、酷く支離滅裂な文章にも思えるが、これだけの言葉が私の「からだ」の中から飛び出したがっていたのだと思うと、良否は言わずここにこのまま現わそうと思う。

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 どこかで読んだ話だと思う。剣術の師匠に入門を頼んだところ「蠅(ハエ)を、欄間の梁に髪の毛で吊るし、その蠅をじっと見つめること。蠅が象の大きさに見えるようになったら、私のところへ来なさい。入門を許そう」と言われる。剣士は日々蠅を見つめ続け、やがて蠅が像の大きさに観えることが出来るようになり、入門を許されたと云う。

 蠅が象の大きさに見えるなんて、普通の人はそもそも信じようとはしないだろう。疑いが先に立つ。この師匠は無理難題を課して、自分を試しているのではないかと勘繰るか、いろいろ工夫を凝らして――望遠鏡を持ち出したり、どうしたら見えるようになるか、遠見の術の教科書を紐解いたり、師匠に泣きついて質問をしたり。遠回りをするばかりで、やがては諦めるのだろう。

 この剣士は、いささかの疑いも持たずに、言われた通りに修行に入って行く。蠅が象の大きさに観ることが出来るのだ!と、予め疑いを抱くことなくひたすらに蠅を見続ける。

 おとぎ話・不思議話にも思えるが、私も同じようなことをしてきたようだ。「からだは(絶対に)柔らかい」と、師匠の言葉を真に受けて、ひたすらレッスンに励んできた。気がつけば三十数年を費やした。その甲斐あってか、今では身体は柔らかいものと観えるし、前置きなしに「からだは柔らかい」と言い切ることができる。

 けれどもこの「前置きなし」が難しい。これは日本の伝統的な「学び」の在り方である。

 前置きとは、何々故にとか、どうやったらという、達成に向けての方法やマニュアルだ。

 日本文化の中の修業(学び)では、この「前置き」があってはならないのだ。さらに「前置き」は、師匠によって引きはがされて行く。ただひたすら真っすぐに、修行に励むことでしか、観えてこない、ものにすることが出来ない真実がある。

 ここが、西欧由来の近代的教育法とは相いれないところだろう。「からだは(絶対に)柔らかい」という言葉を、素朴に受け入れてくれる人はいないかも知れない。条件付きでこの言葉を受け入れるようでは、レッスンにならない。困ったものだ。

    *    *    *

 それはそうと、もう野口さんも竹内さんも亡くなってしまったが、今ごろになって漸く私は、二人に入門を許されたのかもしれない。私の武者修行の旅は続くのだろう。いや、これからが始まりなのかもしれない。

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2017年02月06日 (月) | Edit |

2017-01-31 009ed 

 視野を広くすれば選択肢が増える。この場合の視野とは、空間的な「からだ」の広がりだ。目の前に置かれた物を選択するときも、空間的視野の広がりを保ったまま、全部・全体を見るようにする。

 そうすれば、あまり考えずとも、必要な物の側から、こちらを呼んでくれる。(ここが言葉にし辛いところだが、向こうから何か引かれる感じがするというか)必要のない物であれば、引かれることがない。視野を広くしておけば、隣りのテーブルにそれが、見つかることもある。

 空間的「からだ」の広がりというのが難しいかも知れない。

 選択というと、どうしても眼と頭が働く。そんなときには自分の呼吸と「からだ」の存在は忘れられてしまっている。これでは「からだ」に意識がいっていないのだから「からだ」を広げることは出来ない。

 先ず息を深くはいて足の裏を感じてみる。足の裏を通して大地から息(大地の息吹)が、体幹(からだのみき)へと出入りするつもりで。。。しばらくすると「からだ」の実体感や重量感が戻ってくる。

 そのまま、頭の天辺から足まで「からだ」全体の注意を周囲に広げる。部屋の中であれば、部屋の空間いっぱいに「からだ」が広がっているようなつもりで。

 「からだ」の空間イメージ=視野・視界を広げたまま、選択の対象に向かう。このときお臍のところにも眼があるつもりで、選択対象を見ると良い。

 AにしようかBにしようか、頭であれこれ悩む必要はない。どちらが必要なのかは対象物が教えてくれる。私の「からだ」の中(お腹の辺り?)に、対象物から引かれているような感じがしてくる。これは物を選ぶときに限らない。人を選ぶのでも、どちらに行くか道を選ぶのも同じだ。

 この選択法は、意識より間違いがない。意識・知識は、生れてこの方の過去の体験(先人の知識も含む)の蓄積だ。だから、全く未知の状況や体験に対する選択には役立たない。「からだ」は人類が言葉を持つ以前から、これまでに体験して来た艱難辛苦を乗り越え、生存を支えてきた先輩だ。首(こうべ)を垂れて「からだ」に選択を預けると良い。長い目で見れば、間違いのない選択となる。

    *    *    *

視野狭窄という。何かものごとに囚われて、他の肝腎なことが見えなくなっている状態だ。ここから抜けるのが難しい。意識以前に脳が反応して対象や考えに縛られ、その他の状況に眼をやることが出来なくなってしまう。こんな時はどんなに意志を強く持っても、視野が点になってしまっているのだ。不自由極まりない。その点を右に左に移動し状況に向かおうとするのだから、疲労困憊、努力すればするほどにイライラが募るばかりだ。

 意識・意志によってその状況を抜け出すことはできない。いずれにせよ開放は向こうからやって来て私を導く。意識を凝らして苦しい思いをするよりも、意識を頼らずに「からだ」を状況の中に広げ解き放てばよい。向こうからやって来てくれるものが良く観える。

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 選択を例に取ったが、「からだ」を広げれば、私たちの目の前にはいつも無限の選択肢が開けている。選択肢A、B、Cどころではない。眼差しの光景に映える様々なものや人、風光の変化さえ、私に呼びかけ始める。どれでも良い、呼ばれるところに歩を進めればよい。

 AかBかで迷うことが馬鹿らしくなって来ることさえある。AもBも本当に求めているものでは無かったりする。選択に迷うことに神経と時間を使うことの阿保らしさが身に染みてくる。

 私達一人一人の眼の前には、いつも無限の可能性が開けているのである。選択の自由がひらけている。このちっぽけな「からだ」全体を目の前の世界いっぱいに広げてみよう。新入学の校庭に立ったときのように。

【蛇足】
春が近いせいか「からだ」もほころび始めたようです。
駅のトイレ。満員の男子小用トイレで順番待ちをする人の列。用を足す人達で塞がった8台ほどの小便器。
順番を待つ人たちは、まるで寒さに怯えるように身体を縮こめ、便器に向かう人たちの後ろ姿に、まだかまだかと厳しい視線を泳がしています。この人が終わりそうだと見込みを付けてじっと見ていると、アッチの人の方がササッと用を済ませたりする。見込んでいた人は未だ粘っている。なかなか順番が回ってこない。イライラする。イライラがその場を満たす。
私自身も予測のつかない情況に振り回されていました。ハラハラしながら、用を足している人の背中に向かって「早く用を済ませろ!」「何をのんびりしている!」「順番が来るまで我慢出来るだろうか!!」「サッサと交代してくれ!」と内心の呟き。
私はふと「からだ」をトイレの空間いっぱいに広げてみました。その途端に尿意が軽くなりました。それまでみんなの視線に引かれて、不安に飲み込まれていた自分が可笑しくなって笑ってしまいました。
何とかしなければとはやる気持ちが、ますます生理的な反応を強調していたのでしょう。その上、オシッコしたい、我慢が出来ないという生理がみんなに伝染して増幅し、トイレの空間は恐慌状態(笑)
無時に用を澄まし、ホッとしたときに浮かんできたことを文章にしてみました。ご笑覧あれ。

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2017年02月01日 (水) | Edit |

2017-01-17 005ed 

 地球の発する音がある。重奏音…基底奏音とでも名付けようか。それはありとあらゆる音のプールである。音のエネルギーの湖である。

 太陽光(白色光)はプリズムを通して、虹色に分光(分色)される。音のプールを満たす基底奏音からは、弦や笛あるいは鼓器をプリズムとして、音階が選り分けられる。混沌としたエネルギープールから、共振によって音(音程)が掬いあげられると言った方がよいかも知れない。

 人間の声帯もしかりである。大地=地球の発する基底奏音のプールの中から、風にはためくルンタのように喉笛の共振によって声が掬いあげられ、身体(=からだ・空立・空経・空洞・管)への共鳴によって増幅され、様々な音色=音声が虹の七色のように煌めきだす。

 A(アー)の音程は、大地と身体との共鳴エネルギーが、集約しやすい特徴を持った音なのだろう。国を越えて、ほぼ共通の音程となる。人間が考え出し取り決めた音程ではない。太陽光(白色光)の中、虹の七色が溶け込んでいるように、基底奏音のプールに潜む一つの特徴的な音色なのだろう。赤ん坊の産声のような声音なのかもしれない。

 地球の発する基底奏音は、さらには宇宙規模で銀河系の奏でる、大基底奏音のプールからチョイスされた、一つの音階なのかもしれない。

 そう考えれば、私たちの歌や音楽(言葉も音声による)は、宇宙全体の奏でるシンフォニー(交響楽)の一部を担い、互いに響き合い、互いに影響を与え合う、人間だけの勝手(自意識の支配)を許さぬものである。

    *    *    *

 以上は、私の妄想・虚言である。けれどもこんな理不尽な物言いに依ってしか、私は宇宙を身近に感じ取ることができない。レッスンの中で声・ことばを見いだすことができない。

    *    *    *

 私自身にとって、地球の発する基底奏音は、闇色をした唸りである。暗いエネルギーのうねりである。そのプールの中から、地球上の生き物・万物の姿形をプリズム(共鳴体)にして、音楽が音声が立ち上がってくる。私たち自身もまた多様に色づけられた、大地が奏でる虹の七色なのかもしれない。

    *    *    *

 声とことばに限って言えば、私たちの声とことばは、共鳴によって大地のエネルギーを受け取り、大地によって発されるものである。自分の努力や、自意識の指令によって発されるものでは無い。こればかりは、虚妄ではない。私にとって、紛れもない事実である。

    *    *    *

 いき(息・行き・生き・活き・生く・育く)は大地より、私たちの「からだ」を吹きぬけ、天へと向かう。

 いきの流れは声帯を煽り、細やかな小さな震えを起こす。その震えが「からだ」(空だ・殻立・空立ち・~経ち)に共鳴して声音を鳴らす。

 本音という、大元(おおもと)の声である。小細工のない素のままの声である。生き物として「いのち」によって奏でられる声、あるがままの声である。日本語の母音「あ」の声は、声といのちが一体となって、明るく世界を照らす声である。

    *    *    *

 私の仕事は、からだと声・言葉の調律師なのかもしれません。ピアノの調律師はいるけれど、からだの調律師はあまりお目にかかったことがありません。
 私は修理屋ではありません。人を立派な楽器に仕立てようとは思わない。からだや心がどんなに大変でボロボロでも、そのままで素敵に素直に鳴り響くいのちがある。
 その時々に、ボロはボロのままに精一杯に響きわたる音色があれば良い。それを私は美しいと思う。


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2017年01月25日 (水) | Edit |

2016-03-31 003ed 

 絵画に描かれた世界。鏡の中にある向こうの世界。絵画や鏡をのぞき込んでいるとき、確かな世界がそこにあると感じられるのに、こちら側の世界に注意を向ければ、向こうの世界は消えてしまいます。

 琵琶湖合宿WSを終えて、まだ一週間と経たないのに、その時のことを振り返ろうとすると、このような感じ。どうやら向こうの世界=物語世界に行って帰ってきたようです。

 朗読劇のワークショップは、自意識と日常的な状況との繋がりを断ち切って、向こうの世界に遊びます。それが今回の合宿ではっきりと成り立ったようです。

 自意識は、世間常識の枠組みを土壌にして肥え太ります。物語りの世界に遊ぶには、身に纏った頑固な自我(自意識)を脱ぎ捨てなくてはなりません。

 それは世間常識への自縛(自意識)を離れること。魂を裸にして、手ぶらで想像世界に飛び込むことなのです。

 常識的な価値観や義務感、責任感、自負心等々自分の都合を、舞台(物語の世界)に持ち込むことは許されない。只々、自分を越える集中が求められます。

    *    *    *

 そういえば以前、京都でお寺を訪ねた時のこと、仏像の前にじっと佇んでいると、その息づかいが伝わってきました。よくできた仏像は、仏さんの息づかいまで彫り込んであるのですね。

 賢治さんの童話も、言葉を使って紙(原稿用紙)の上に、そんな息づかいが彫り込まれているようです。

    *    *    *

 今回は、賢治童話『狼森と笊森、盗森』を「からだとことばのレッスン」の台本にしました。

 岩手山の麓、森に囲まれた手つかずの原野に、百姓たちが家族と共に移住し、土地を拓き、小屋を建て、畑を耕し、子を産み育て、栖(すみか)を広げ・・・。彼らを見守る自然に助けられながら、一処懸命に生活を拓いて行くお話です。

 森や山、大地と人間との対話=互いの呼びかけ合いによって物語りは進んでいいきます。百姓たち「ここへ畑起こしていいかあ。」、森たち「いいぞお。」、百姓たち「ここに家建ててもいいかあ。」森たち「ようし。」・・・。

 そこには人間が大地とともに生きる息づかい、喜びの響き合いがとても明快に描かれています。

 自然と人間のふれあいの中に、人間のコミュニティーが育まれてきた、その始まりの物語です。近代化=自我(自意識)優先によって引き裂かれる以前の、自然と人間との一体感の中に息づく世界が、ありありと描かれています。

    *    *    *

 賢治童話を読むには、文字で刻まれたことばの息づかいに、自分のからだを委ねてしまえば良いのです。

 実際にはこれが難しい。声に出して読もうとした途端、「自分が読む」「自分はこういううふうに読むのだ」と、「自分が!」(自意識)が出てくる。

    *    *    *

 日本語の母音「あ」の声は、からだの芯がが真っすぐにやわらかく吹き抜けているとき、こえ自らが、緊張に邪魔されることなく、息に乗って他者や対象に向かってあふれ出てくるのです。明るい解放感のあるこえです。

 ところが、「あ」のこえの発声練習をしてみると、声を出そうとした途端、多くの人が喉や胸を緊張させて、息を詰めてしまう。

 声と云うものは努力してからだを緊張させないと(自分が頑張らないと)出ないものだと無意識に思いこんでいるようです。脳の中に常識としてインプットされているのです。これが自意識「自分が!」です。

 レッスンでは、そんな「自分が!」の介入に気づき、それを解除するのに、野口体操を利用しています。

 発声時の「自分が!」は、喉や胸など、無自覚なからだの緊張として見て取ることができます。声を出そうと意識した途端に、喉を詰めたり、胸を引き上げて固めたり。大きく口を開けて顎を固めたり、いろいろなパターンがありますが、どこかに力を込めてしまう。

 野口体操で、からだの緊張をゆるめ、筋肉の緊張に対する感覚を目覚まします。緊張に気づくことが出来れば、あとは声を出すときに喉や胸を緊張させることを止めれば良いのです。「自分が!」を手放すのです。

 すると声が変わってくる。「あ」の声は明るい息の流れとなって溢れ出していきます。努力をしていないのに、声が楽にでる。自分の声が変わったことに、初めての人はみんな驚きます。

 からだの強張り(緊張)を解く(ほどく)ことで、「あ」の声が自らあふれ出てくるのです。「自分が!」ではなく、こえ自身が自ら姿を表わす。「自分が!」声を出しているという意識(実感)はなくなります。唯々開け放たれた「あ」の声が出て行くだけです。日常的な自分を越える集中が成立したのです。

    *    *    *

 ことばを語ることも同様です。文字によって刻み込まれた、リズムやイメージ・感情が、息づかいとなって私のからだから溢れだしていくのです。

 言葉を声にして読む(朗読の)場合には、日本語の話し言葉の原則にも触れなければならないので、単なる母音「あ」の発声に比べると、多少複雑にはなります。けれども基本にあるのは、集中によって「私が!」を越えて、「息づかい」(言葉のいのち)が表れ出て、その場を物語の世界へと塗り替えていくのです。

    *    *    *

 琵琶湖合宿二泊三日の最終日には、レッスン場を舞台に見立てて、小さな発表会を催しました。賢治童話『狼森と笊森、盗森』の朗読劇です。寒さと雨に閉ざされたレッスン場が、その時だけは日差しに照らされ、30分の短い時間ですが、物語の世界が生き生きと明るく浮かび上がりました。

 合宿を終えて帰宅の準備を急いでいたところ、琵琶湖の上に、大きな虹が懸りました。一人一人の冒険を讃えるように。

    *    *    *

 「からだとことばのレッスン」は、演劇上演や演技法の習得を目的としてはいません。各人の内に潜めた想像力・創造力を駆使して、自分を越えて集中し、新たな自分に出会い、他者を世界をあらたに発見していく、そのためのレッスンです。

 うまく演技・朗読が出来ることや、人前で自分を良く見せようとする―――「私が!よくできるようになる」を一切求めません。人前で、遮二無二自分のいのちをさらけることでしか見(まみ)える事の出来ない、自分と他者・世界というものがあるのです。

 『レッスンに参加して、何か為になるものを持ち帰ったのでは意味が無い。何か問題の解決に役立ってもだめだ。ただ、自分を超えて深く生きた、明るい喜びだけしか残らないのが、良いレッスンだったということだ。』そんな合宿になったようです。

    *    *    *

次回の合宿は、関東地方、埼玉県秩父市の大滝で開催します。3月18日(金)~20(日)路面の凍結が心配される秩父山中での合宿です。人間と演劇研究所ホームページ https://ningen-engeki.jimdo.com/ワークショップ/3-18-20秩父大滝合宿-7/  でご案内しています。


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