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2018年11月09日 (金) | Edit |
20190112琵琶湖合宿

1月12日~14日琵琶湖『 からだとことばといのちのレッスン 』合宿WS
以下、主催者 Art&Learning 小石原 智宏 さんのイベントページより転載しました。
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琵琶湖「からだとことばといのちのレッスン」合宿ワークショップ

*表現力・コミュニケーション力を磨く
*こり固まったからだを緩め、新しい身体感覚と声に出会う
宮沢賢治の豊かな世界を体感する

 人間と演劇研究所の瀬戸嶋 充・ばんさんを講師にお招きし「からだとことばといのちのレッスン」の合宿ワークショップを行います。
 「からだとことばといのちのレッスン」は竹内敏晴の「竹内レッスン」と「野口体操」を応用したレッスンです。 合宿ではレッスンでじっくりとからだと向き合って、新しいからだの感覚で宮沢賢治の物語で朗読劇を行います。 開いたからだで、表現する楽しさや朗読劇を通してだれかとつながる喜びを体感しませんか。
 三日間、集中してからだと声と言葉に向き合います。最終日には宮沢賢治の物語の朗読をします。
 私自身の体験ですが、過去に参加した合宿で「あなたの声はとどかない。上手く説明されている感じがするけど、心に触れてこないんだ」と言われました。「声がとどかない?どういうこと?心に触れる?」訳が分からないまま1日目を終えました。3日間の合宿の中で最終日、ようやく自分の声が気持ちよく響き、他者に伝わる感触を得ました。「伝わった!」という喜びを改めて感じた瞬間でした。この3日間で、今まで当たり前だと思っていた「コミュニケーション」や「表現」「言葉」「からだ」についてことごとく価値観をひっくり返されました。
「からだとことばといのちのレッスン」が必要な方に届きますように。「自分自身のコミュニケーションについて考えたいな」「伝え合うってどういうことだろうか」そういうことを皆さんと一緒に探究する3日間にしたいなと思っています。

【日 時】2019年1月12日(土) 13時〜
          1月14日(月・祝)16時半迄
     *12日13時 JR和邇浜駅集合 送迎あり
     *全日参加を推奨しますが、参加の日程の相談に応じます
【場 所】ユースホステル 和邇浜 ( わにはま ) 青年会館 
    〒520-0523 滋賀県大津市和邇南浜 403 
    電話 077-594-0244
【定 員】10名
【費 用】38000円(※講師謝礼・講師交通費・宿泊費にあてます。ギリギリの予算設定ですの  
     でご理解ください)  駅から会場までのタクシー代・懇親会費用は別途 
【申 込】
 以下の内容を明記の上、Art&Learningか人間と演劇研究所までご連絡ください。イベントページの参加表明だけでは受付になりません。

表題「からだとことばといのちのレッスン滋賀合宿」申込の件
①お名前
②ご職業
③会に期待すること

Art&Learning 小石原宛
e-mail :t*koishihara@gmail.com
   (*を.に変えて送信ください)

e-mail : karadazerohonpo@gmail.com

【内 容】
*1/12(土)【午後~夜】
からだの緊張をときほぐし、心身の細やかな感受性を育てる。深く安らぐ呼吸を知る。姿勢と呼吸の繋がりを体験する。からだの動きと呼吸を一致させる。(野口体操
*1/13(日)
【午前~午後】からだ全体に響く、無理なく楽で気持ちの良い発声を学ぶ。相手に届く声を知る。声と呼吸のリズムを繋げる練習。(竹内レッスン)
【午後~夜】ことばで、相手の心とからだに働きかける練習。ことばの発音と、発音から引き出されるイメージの関連を知る。賢治童話の中のに入って、物語を語る、歌う、踊る。(竹内レッスン)
*1/14(月)【午前~午後】宮沢賢治童話の朗読劇の創作に向かう、総合的なレッスン。(からだとことばといのちのレッスン)
【午後】朗読劇の上演会。
(参加される方々のからだの状況や、集中力に応じて、無理のない進行をするために、多少の変更が在ります。)

【講 師】
人間と演劇研究所  瀬戸嶋 充・ばん 
https://ningen-engeki.jimdo.com/

【講師プロフィール】
1981年 竹内敏晴・野口三千三に師事。1988 年人間と演劇研究所設立、「竹内からだと こと ば のレッスン 」と「 野口体操」の継承指導、宮沢賢治の作品の舞台創作を続ける。現在、主に東京・大阪・ 京都でレッスン教室を主宰。その他、内 観療法・ 禅・丹田呼吸法など、日本の伝統に根差した 心身 修養法を学ぶ。人間と演劇研究所代表・日本ソマティック心理学協会 SPN 世話人。

【主 催】
Art&Learning 小石原智宏
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2018年09月21日 (金) | Edit |
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しばらく言葉を失い、沖縄三線に没頭し、沈黙を守っていました。
ブログの記事は5月12日(土)で止っています。変化を待つときだったようです。
これまでのブログへの投稿は、自分自身を整理するためのものだったように思えてきました。
そしてこの沈黙の期間に、その整理した自分自身を捨ててしまったようです。片付けたのですね。
8月になってFacebookへのつぶやきが、ぼちぼち復活してきています。並べて読んでみると面白いので、ブログを見てくれている方や、人間と演劇研究所Facebookページをご覧いただいている人たちにも見てもらおうと思いブログに纏めてみました。
私の個人的なつぶやきですので、読者の方にはチンプンカンプンかも知れませんが、ご笑覧いただければと思います。
以下。

◆去年の夏までは「暑い!」とこぼすと余計に暑苦しくなるので黙っていたが、さすがに今年はそうも言っていられない。声を大にして「暑い熱ぃ~!」「ビ~ル~♪」(笑)-8/1

◆工夫や努力が足りないからではなくて、考えて工夫や努力をするせいで、出来なくなっていることがある。そうすると楽しくない。(三線練習中)-8/15

◆「感じよう」とすると、「感じようとする自分」が出てくる。
この自分が曲者! -8/22

◆初めての眼で見てみると、いつもの町並みが、ヤケに輝いてみえる。なんだかそれだけで得した気分~♪ -8/31

◆もっとも難関の蓋が空いたようだ!これで生き方変わるかも。自由~♪ -9/2

◆声は「届く」のである。「届ける」のではない。心も同じ。心は「表れる」のであって、「表す」のではない。「届けよう」「表そう」とする努力が、声や心の現れを妨げる。厄介な矛盾。「声そのまま、心そのまま」と、人工(細工)を加えた「声、心」。自由とは「そのまま」であること。ほかに何もいらない。(自戒!) -9/11

◆知識は「ありのまま」を見えなくする。世を渡るに知識は便利なものである。けれども知識は「ありのまま」をも、知識の中に捕り込もうとする。本末転倒。「ありのまま」とは、母から子へと世代を超え時代を超えて繰り返し受け継がれてきた偉大な宝庫=「知恵」である。ソクラテスは「無知の知」という。老子道徳教では「混沌」という。仏教では「般若の知恵」というのだろう。「知恵」を欠いた「知識」は人を幸せにはしない。教育とは本来、「ありのまま」をお互いに手渡し確かめ合う作業ではないか?知識技能の伝授は二の次で良いのだ。 -9/14

◆レッスンでのこと。「頭で分かろうとしなしないで下さい。からだからからだに伝わるものを大切にして下さい。」「理解しようと努力するとしかめっ面になります。(意識が)からだに蓋をしてしまいます。ポカンとして、自分を空っぽにして見ていて下さい。」意識を通さずに(介さずに)「からだ」から「からだ」へと直接に伝わるものがあります。そういう「学び」があるのです。そうしなければ学べないことがあるのです。 -9/15

◆私に三線を奏でさせ、唄を歌わせる「誰か」が居る。それを私は神や仏とは呼びたくない。名を付けた途端に「誰か」は、「誰か」ではない私や人間の所有物となる。敢えて呼ぶなら「自然」と名付けようか、私と身一つの「誰か」を。だから「自然」がより良き音色を奏でてくれるように、三線の音色と私の声に、私の演奏と歌はこれで良いのかと、繰り返し奏でては問いかける。
(からだとことばのレッスンではこの「誰か」をあるいは「何か」を『からだ』と呼びます。「いのち」とも。) -9/17

◆空っぽにしようとイメージしてもだめなんだなぁ~。元来、誰もが空っぽなんだから。(空っぽというイメージが、空っぽを見えなくするのです!。思い描くイメージと、それを見る私が対立して力(リキ)んじゃう。なので空っぽは押し退けられちゃう。妄想にご注意~笑) -9/21

レッスンはずっと続いています。レッスンとは沈黙の側に立って人と出会うことです。レッスンをするとは、私と私自身の居場所・拠り所としての世間から、もろ手を挙げてはみ出すことのようです。そこに開ける素朴な喜びを求めて。

さてさて、どこへ行くのやら(笑)

レッスンのスケジュールは、人間と演劇研究所HPでご案内しています。11月にはワンディWSも予定しています。よろしくお願いします。(瀬戸嶋)

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2018年05月31日 (木) | Edit |
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4月~5月にかけて参加費用の値下げを含めた検討をしていましたが、6月からは従来通りの参加費で継続させて頂きます。
ただし初めてレッスンに参加される方の初回参加費用を、体験参加費として 2,000円の割引とさせていただきます。

・定例会等、定期的な催しの参加費用 各回 5,000円、物語WS 11,000円
・体験参加費 初回一回のみ 2,000円 の割引
・個人レッスン 2時間 15,000円

4月から5月の試行期間を持ちましたが、研究所の活動を継続していくには、従来の費用でやって行くしかないと判断しました。
皆さまも何かと大変かと思いますが、引き続きどうぞよろしくお願いします。

瀬戸嶋 充・ばん

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2018年05月12日 (土) | Edit |
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『いのちのゆくえ』

郊外の夕暮れ。薬局の量販店前で、銅がね色の空気と黄昏の闇の狭間を人たちが行き交う。「ああ!こんな夕暮れ時があったな」と思う。懐かしさというか、ずっとずっと昔から知っている光景というか。

「私は、私の『いのち』が何を求めているのか、あるいは何処へ行こうとしているのかを、知らない。」そんな言葉がふと浮かぶ。「だから人(他者)が必要なんだ!」

公園の散歩の途中などに、見慣れた景色が、思いがけず息をのむような光景として立ち表れてくることがある。風や光が渦巻き、景色自体がいのちの鼓動を露わにしたような。

動転とか仰天という言葉があるが、その時自分という存在=実感は消え失せる。光景の蠢き、その動揺に飲まれ、我という実感は消え去る。光景が自意識を圧倒し消し去るのだろう。常態を外れるのだが混乱はない。

私自身はそんな光景を求めて出歩くわけでは無い。それは家族であったり飼い犬にせがまれての散歩、何かの用事や已むを得ない事情で外出するとき。日常に居たたまれず、逃げ出すように旅をするとき。自分で求めて歩くのではないことに意味が在るのだろう。

これは他者(家族も含め)や状況に、引き出されてのこと。言ってしまえば他者や自然の「いのち」に。私の外部に存在するものたちに導かれてのことのようだ。私の「いのち」が他の「いのち」と交響し、自我の眼差しの陰に隠れた光景を、露わにするのだろう。

自我によって分断された「いのち」が、本来の一つの「いのち」に還り、原初より「いのち」に蓄えられた光景が一瞬ではあるが、眼の前に展開する。そんな体験かも知れない。

それは自分(自我)の努力によって獲得されるものではない。自意識に追い立てられて、明日へ明日へと自分を駆り立てているときには、光景は姿を見せない。自分の意思を立てることなく、他(人・物)の都合に合わせて何の意図も持たずに歩むとき、まさに意表を突くようにやってくる。

遠くの夕焼けが辺りの闇を染め、人や物を静かに優しく、蠢く空気の中に浮かび上がらせる。

なぜこんな光景を、私の「いのち」が私に垣間見せるのか?その理由を私は知らない。私の意識的な操作や、意図的努力を駆使してそんな光景に見(まみ)えることはできない。

「いのち」は導き手でありながら、どこへ向かおうとしているのか、なにを求めているかを、私に告げはしないのだろう。正確には、「いのち」の行方を識る能力が私=自我には与えられていない。

「いのち」自体が、意識では見ることも聞くことも、要は五感によっては把捉できないものなのだ。しかしながらそれは、私の導き手で在ることに間違はいない。そして私の「いのち」は、他の「いのち」との出会いによって導かれる。私はそのとき、その行方の確かさを知ることが出来る。

我が師、竹内敏晴との出会いは、当時(1981年)の私にとって、師であり、父であり、兄であり、理解者であり、憧れの先生、「身内」としての竹内敏晴であった。そのとき竹内敏晴は私にとって他者ではなかった。そう思うからこそ安心があり、竹内に甘えることが出来た。

いま思えば、竹内の「いのち」と私の「いのち」との響き合いが、そこには在った。それゆえに私は自らの「いのち」を認めることが出来たのだ。竹内は「他者」であったからこそ。

私はだからこそ、私自身の「いのち」の現れに、それからの歩みを委ねることが出来た。私にとって竹内敏晴の「いのち」の歩みと、私の「いのち」の歩みとが、交錯したのが、私の竹内演劇研究所時代だ。

長い間、竹内の実践を我がものとしようと努力を重ねてきた。他者(竹内)の持ち物を自分のものにしようと、師匠だ手本だと自分の中に偶像を描き、それにしがみ付いてなんとなるのだ。それは他者(竹内)を自分流に解釈し、自分の中に虚像を描きそれを崇拝することではないか。

「いのち」に師匠も弟子もない。上下も高低もない。卑下も尊敬もない。竹内敏晴を師匠と呼ぶならば、私自身の「いのち」に道を開いてくれたことに関してである。その他何も頂戴したものはないのだ。竹内への義務もない責任もない。

「いのちの行方」は、私の生きている状況の一瞬一瞬の中で、他者や物に導かれていることを識れば良い。私の周りの全ての「いのち」が先生であり師匠なのだ。

レッスンの場は私にとって、参加者と私の、「からだ」と「ことば」の交響(響き合い)を通じて、私の「いのち」の行方を見出す場なのだ。参加者にとっても他者の「いのち」の開けに出会い、互いの「いのち」を開示することで、「いのち」の行方、一人一人の見ず知らずの自分=新たな可能性の原点から繰り返し歩みを踏み出す。

自らの「いのち」の存在は、他の存在を通じてしか、それと知ることの出来ないもの。学校で学ぶことはできないもの。そもそも近代自我意識による私物化は在りえないのである。私物化は「いのち」の死物化である。生きるためには、はかりごとを捨てて他者に仲間に「いのち」を差し出すのだ。私の「いのち」はそれを励ますのが嬉しいようだ。

振り返れば「いのち」は私と共にあった。これからも。

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2018年05月09日 (水) | Edit |
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『初心』

対人援助の仕事をしている友人から、「仕事を辞めたいと思ったことはありませんか?」と聞かれた。彼女は自分の仕事のことで悩んでいるようだ。

考えて見たら私の場合は、竹内敏晴に出会ったのが1981年秋。現在は2018年。「からだとことばのレッスン」を37年間続けてきたことになる。その間私は、レッスンを辞めたいと思ったことは一度もない。

不思議なことかも知れない。常識的に稀なケースなのかもしれない(笑)「レッスンを辞めなければならない」と思ったことは何度かある。でもそれは経済的な理由からだ。このままでは生活が立ち行かない故だ。

結局はレッスンを続けてきた。そのたびに周りに迷惑をかけたと思うが、辞めることはしなかった。しなかったと言うより出来なかったという方が正確かもしれない。

今さらながらであるが、それは何故だろうと考えさせられる。
世間では、仕事へのモチベーションとか情熱とか使命感とか責任とか、いろいろ言うようだが、私にそんな言葉は当てはまらない。

「~ゆえにレッスンがしたい」と言うところの「~ゆえ」が抜け落ちている。理由が無い。ただ(レッスンを)やりたいからやっているだけである。世間的には目指すところもない。

「そもそも私はなにをやりたいのか。なにを実現しようとしているのか。」状況が八方塞がりになるたびに、心に浮かぶ言葉である。自分に向かって尋ねる「ばんよお前は何がやりたいのか?」

経済的なことや家族のことでほとほと困り果て、アーカシックレコード(前世記録・記憶)のセッションを受けたことがある。施術者いわく「あなたは生まれ変わり死に変わり、ずっとからだのことをやってきた」といわれ、自分の無力感に途方に暮れている私を「先生」扱いまでしてくれた。

だからと言って、覚悟をもってレッスンで身を立てて行こうと決心が固まったと言うでもない。レッスンを止めろと言われなかったことが救いかも知れないが、先行きが見えたわけでは無い。結局ズルズルとレッスンを続けた。その時はたしか、親に金銭の援助を申し出たと思う。

その前には、こんなことがあった。竹内演劇研究所から受け継いだスペース(ライヒ館モレノという地下スタジオ)を使って活動を続けていたのだが、賃貸料支払いのあてがつかず切羽詰まっていた時、たまたま足を運んだ北鎌倉で、円覚寺の学生摂心のチラシを目にして、二泊三日の座禅会に飛び込んだ。

禅会が始まって見れば、こんな状況で坐禅などしていて何になるのかと、さんざん身もだえし続けて、それでも家族や友人に格好をつけて出てきた手前、帰るに帰れない。腹立ちまぎれに丹田にいきを押し込んだら、なんと見性してしまった。自己突破、悟りである。

悟ったからと言って、状況が変わるわけでもない。この時は一緒にスタジオを運営していた仲間が、虎の子をほどいて運営資金を捻出してくれた。私も料理店や清掃のアルバイトをしながら、その後5年ばかりはなんとか食いつなぎ、スタジオで活動を続けた。

あの頃はいつも、貧乏の原因は自分に在ると、無い頭で考えた。自分のレッスンの力量が足らないからだとも考えた。そうして出る答えと言えば「常識的に考えればレッスンをやめて就職するしかない」となる。でも「分かっちゃいるけどやめられない!」である。家内から介護の仕事を勧められたのもその頃だ。

あれから既に10年を過ぎた。最近はその原因を自分に求めなくなった。そしてようやく竹内と出会い分かれた80年代のころ、三十数年前のことを考えるようになった。

私は1981年の秋に竹内演劇研究所からだとことばの教室に受講生として参加した。1984年から1988年にかけては、竹内のレッスンのアシスタントをするようになった。20代のころだ。いろいろ苦労はあったけれど、ともかくレッスンの場にいることが、楽しくてならなかった。

いま思えば、あの頃の楽しさというのは、竹内レッスンの中で自分自身が毎回毎日のように更新されて行くことだった。ラッキョウの皮を剥くように、新たな自分が露わにされていく。別に竹内敏晴に強制されてのことではない。だからと言って自分で努力しているわけでもない。

レッスンの課題に向かうと、自分の皮が破れ落ちていく。内側から自分を突き破るようにして、見ず知らずの自分=いのちの奔騰があふれ出す。あとはその流れに身を委ねるだけ。

いつの間にやら、自分も竹内レッスンが出来るようになりたいと思い、仲間を集めて試行錯誤を始めたりした。竹内からはアシスタントを頼まれ、研究所でもレッスンをするようになった。

といっても、理系の頭でっかちの私である。他人の「からだ」や「こころ」のこと、表現やコミュニケーションにまつわることが、分かるわけがない。演劇の体験も研究所での発表会のみ。見よう見まねでレッスンを手伝っていたが、本当のところはチンプンカンプン!けれどもレッスンに向かう私の心は明るく弾んでいた。

竹内敏晴の下で過ごしたのは、たかだか7年である。密度の濃い日々ではあったが、そこで何かを得たわけでは無い。おそらく竹内との出会いの中で、私の「いのち」に灯がともされたのだと思う。それまで自分を縛り上げていた常識的な観念。それは自己卑下の洞穴となり、私を独房の中に閉じ込めていた。

その真っ暗な闇の中で、私自身の「いのち」の輝きを、竹内が垣間見させてくれた。その輝きと共にあることが、以降の私の進む道を決定したのだろう。「いのち」の光が私の導き手であり、灯を消そうとする者たちとは、我武者羅に闘った。そこに現在に至る道筋が出来て行った。

レッスンの場に立つと、私の「からだ」の内側から仄かに明るい柔らかな流れがあふれ出てくる。意図してのことではない。竹内演劇研究所の解散によって、一人でレッスンをするようになって以来、それはずっと続いている。そういえばこのことを言葉にするのはなぜか初めてのことだ。誰にも話したことは無い。

今では「いき」のことがレッスンの大切な課題になっている。レッスンの場は私にとって「いき」が出来る場なのだろう。「いき」が生きることの主体となることが、レッスンの目指すところ「いきをしようよ!」だ。

いやはや!ずいぶんと時間がかかってしまったが、私を導いてきたのは「いき」だったのだ。37年を経てようやく分かった。

このごろ「初心」という言葉が気になる。私のこれまでの生き方を貫き導いてきたのは、私の歩みを促してきたのは、「いき」だったのだろうと思う。そしてこの「いき」が「初心」なのだ。

仏教では「発心」あるいは「初発心」といって、仏門に入ることを決意し学びを始めたその時に、既にその人は仏なのだと言う。(初発心時、便成正覚)

仏教と言わずとも、人が仕事につくとき、肉体労働者であれ介護師であれ看護師であれ、教師・医者・役人・政治家であれ、、。当人が世間(社会)の中で自らの仕事(役割)を選ぶとき、その決断を後押しするのが「初心」なのではないか?当人は社会的な地位や収入の安定を求めて計算ずくの選択であったとしても、その根っこには無意識にかも知れないが「初心」の促しが働いているのではないだろうか。

自分の仕事を選択した瞬間に成仏とは言えずとも、自分の心(=からだ=存在)の奥底には自身の仕事をまっとうさせ他者を幸福に彩る、そこに至る「種子」が「初心」として蒔種されているのではないだろうか。

そういえば、1982年から一年半、私は公立中学校の理科教員を勤めた。春に新任で入って翌年の夏休みには辞職した。早々に逃げ出したのだ。当時、東京の公立中学は荒れに荒れていた。設備破壊・対教師暴力・校外での非行。教師並びに教師集団は、生徒の管理に必死であった。

私が教師を目指した「初心」は、生徒や子供たちと共に学び過ごす喜びを求めてのことであった。ところが教師たちは、生徒の氾濫を鎮圧するために団結し、目を吊り上げて生徒の「管理」に血道をあげている。

(余談だが、日本人には人権という発想が無い。人権というのはもともと日本の伝統文化にはなかったのだ。近代化に伴って体裁として西洋の発想を取り入れたものだ。血肉化されない思想は酷い結果を強いる。当然現代においても「人権」という考えは成り立っていない。そのため日本人が管理を持ち出すと、それは管理しようとする側から管理される側への脅迫や恫喝へと進展する。当然のことなのだ。「人権」という西洋思想に代わるものが、あるいはそれより深く日本人の心に根差した発想が在りそうな気が私にはするのだが。当時、生徒の将来をおもんばかってと言う教師たちの思いは正当かも知れないが、実際に教師集団のやっていたことは生徒への脅迫と恫喝以外の何ものでもない。)

「喜び」と「管理」とは、絶対に相容れない。大学出たての私は、そんなことには考えが回らない。だからただただ不安と苦痛のままに学校で過ごし、宵になれば飲んだくれて、夏冬の休みを待ちわびる。

エンデの「モモ」の中で、広場に集まる子供たちが学校に接収され、仲間は仕事(=金儲け)にかかりきりにされ、モモが一人きりになる場面がある。私もそんな孤独感に苛まれていた。「どうなっているの?どうしちゃったの?」というところ。

カメのカシオペイアの代わりに、竹内敏晴に導かれて、時間泥棒との闘いの世界へ飛び込んでしまったのかもしれない(笑)

対人援助職の友人を見ていると、初心と現場の求めが、逆方向を向いてしまっている気がする。これが世間の常識なのかもしれないが、人のために良かれと思い、自分もぜひ働きたいと願って入った職場なのに、実際には施設の業務と組織の運営に明け暮れくたびれ果てている。

結局、施設利用者との人間的な交流やその喜びはほとんど得る機会を持つことができない。利用者からは有能な管理者と認められるだけである。初心としての本流、その人の中に蒔かれた種子は、その伸びるべきところを遮られ、押しつぶされ閉じ込められてしまう。苦しいだろう。

「初心」に還れないものだろうか?初心は死に絶えはしない。表立っては見えないかも知れないが一人一人の中にある。そこに帰って、今一度自分の道を築き直すことはできないだろうか。今の職場(仕事)はそのままでも。

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2018年05月06日 (日) | Edit |
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『繭籠りの時季』

『「からだ」を「いき」にゆだね、「いき」に「ことば」を語らしめる。』
私にとっては「ことば」は誤魔化しようもなく逃げ処の無いものとして、眼の前にある。どうもこの辺りのこだわりが世間と折り合いのつかない原因なのだろう。

最近自分の立ち位置がハッキリしてきた分、世間との繋がりが希薄になってきている気がする。繭籠りの時季なのだろうか?

自分の「いのち」を晒し、他者の「いのち」と響き合い、「からだ」と「ことば」の再生に取り組む。それが私にとってのレッスンである。

レッスンに入ると、私の「いのち」は自由にはばたく。時間と空間の流れを「いのち」が風のように自在に舞う。その流れに身を投げ込むように、私はレッスンの場に自分を委ねる。

ただそれだけ、計画や指導法などといものは無い。

流れは静かに流れることもある。笑いの渦となることもある。激しく沸騰して高ぶることもある。けれども2時間なり4時間なりのレッスンの時空を行くとき、新たな発見に満ちたひと時の旅を終えるように、無事に旅を終えたささやかな喜びが身内を満たす。帰途につく私の足取りは悠々として、夕闇は広々と私を包む。

くり返されるレッスンの旅が、参加してくれる一人一人の存在感の変容を新たにする。そこには目に立つような派手やかな変化はない。けれども一人一人の根底からの、ささやかではあるが確かな変容が息づいている。

私自身は、他者の変容を目指してレッスンをするわけではないが、レッスンの中で一人一人の個性=存在が開かれてくる瞬間に立ち会うことは、私にとって何よりの喜びである。私を繰り返しレッスンに向かわせるのは、その喜び在ってのことだろう。もちろん他者の変容を意図して狙い、旅をしているわけでは無いのだが。

レッスンの場においては、私の「いのち」が、参加してくれる一人一人の「いのち」の風を受けて、共に自由に舞い踊りながら、流れを行くのだ。生かされ合う場なのだから、もちろん私も生かされる。「いのち」の自由を生きるのだ。

私は技能を教えない。教えるとすれば一人一人が自分の「いのち」にふれ合うための、手がかりとなる野口体操くらい。これも参加者が正しいやり方を覚えることを目的にはしていない。

ただ「いのち」の流れに身を委ねる手がかりとして、体操の動きをやって見せる。簡単な説明をする。頭でっかちな人には、雷を落とすこともあるが、基本その人自身の「からだ」とのつき合いが、一人一人の中で深まっていけば、それ以上に文句はない。

「からだ」の流れの方に、一人一人が身を寄せることが出来ていれば、「からだ」は自ずから「いのち」の流れに身を委ねて変容を生み出す。それだけのこと。ただしいつまでも頭でっかちで、自らの「からだ」を支配し、「いのち」を見下す人がいる。そんなとき私の「いのち」は渦巻く風となって、その人の固まった脳みそを打ちのめそうとする(笑)

そんなこんなで、私にとっての立ち位置、、、というか在りようというかは、ハッキリしてきたのだが、どうやらこういうことは世間の百花繚乱する様々なカテゴリの中には、収まりどころがないようだ。

世間は「タメになる」ことを求めて、次から次へとまさに百花繚乱のメソッドや情報や品々が溢れる。消費者は自分の欲求に応ずるものを、次から次へと求めて歩く。世間は求めに応じる物を次から次へと提供してくれる。

私は、提供するものを持たない。持とうともしない。消費とは、取って捨てることである。「いのち」は取ったり捨てたりしなくても、いつも私と共にある。そのうえ個々にあらかじめ個性的なものでもある。個性と個性が共にあれば、響き合い擦れ合い熱を帯び、新たな花を咲かせる。

私自身は、何かを世間に求める気にはならない。だから世間との繋がりは希薄になる。

そうそう、レッスンでよく逆立ちをやるが、逆立ちの原則は、無駄足掻きをしないことである。逆立ちをしようと努力・緊張することが無駄足掻きなのだから、それを止(や)める。そうすると誰でも楽々と逆立ちが出来てしまう。

世間は無理してでも「タメになること」を次から次へと求め続ける。無駄足掻きをしないとは、無理をしないこと。無理とは、理にかなわぬことを一生懸命やること。ご苦労なことだ。

レッスンでは無理をしない。出来ないことはできないことのままで良い。「いのち」の「理に適う」ところ見出して行けば、生きることは生きてるだけで、案外楽しいものだ。

こんな楽しさを共感・共有できる場を、創って行くしかないのかな?今はそのための繭籠り=変態のときか?貧乏は致し方ない時か?喰うためにはバイトでも探さなきゃならないのかな(笑)

繭籠りの枕の夢より。

(せとじま・ばん)

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