2017年06月18日 (日) | Edit |
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  「からだとことばといのちのレッスン」

 「からだ」と「ことば」の成り立ちを、「いのち」の側から考えていかなければならないときが来ているように思います。

 私たちは、人間(自意識)の側から「いのち」を見、「いのち」について語ることを当然のこととしてきました。

 そこには、私たち人間自身も、自意識も含めて「いのち」の現れであるという考えが、抜け落ちています。「いのち」は自意識に従うものと見られているのです。

 このような見かたが、「いのち」の可能性を、限られたものへと落とし込み、未来への不安と閉塞感を生み出しているように思います。「いのち」への信頼感の上に安心や喜びは成り立つはずなのに、自意識がそれを許さないのです。

 自意識を中心に据えた人間観に頼ることは、いまでは限界を迎えているようです。自意識がその座を「いのち」に譲るときが来ているように思われます。

 「いのち」とは、絶え間なく変化し続ける働きです。そのために「いのち」は、目で見ることも、耳で聞くことも、鼻で匂いを嗅ぐことも、舌で味わうことも、手(からだ)で触れることもできません。意識(ことば)で捉えることもできないのです。

 ここに「いのち」に関わることの難しさがあります。自意識は眼に見え(想像・観念・妄想を含む)、あるいは手に触れる得るものを基本に置いて、ものごとを理解しようとします。ところが「いのち」は、そのような捉え方の網の目にはかからないのです。

 おそらく、これまで常識としてきた、自意識中心のものの見方や考え方とはまったく異なる、「いのち」とのかかわり方を、これからの私たちは見出して行かなくてはならないのでしょう。

 その答えは、どこか自分たちの生き方を離れたところにあるものではないようです。表層的な自意識の眼差しに覆いに隠された、私たち一人一人の中に生きて働く「いのち」の在りようを真摯に見つめることが、これからの始まりのように思っています。

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 「からだとことばといのちのレッスン」は、林竹二・野口三千三・竹内敏晴の実践に多くを負っています。すでに皆、故人となりましたが、「いのち」の側から人間の在り方を問い続けて一生を終えた、私の師匠たちです。

 野口体操では『からだに貞く』(野口三千三著書名)と言います。
「貞(き)く」とは、「いのち」に尋ねることです。「人間には、ものごとの良し悪し(真理)を決める能力は与えられていない。ただ、問い続けることだけが私たちに許されることである。答えは、真摯な問いかけ(貞く)に応じて、「いのち」の側から与えられる。」との考えが、野口体操の実践を貫いています。「からだ」の動きを身体内部の感覚やイメージの変化としてとらえ、「からだ」の動きの本質をくり返しあらたに問い続けることが、野口体操の実際です。「いのち」に寄り添う体操といってよいと思います。

 竹内レッスンでは『ことばが劈かれるとき』(竹内敏晴著書名)。
「劈(ひら)かれる」とは、「いのち」の側からの促しによって、自意識の壁を超えて、あらたな自分が表現され、芽吹き生き始める。竹内敏晴は、「竹内からだとことばのレッスン」に於いて、「いのち」の直接の(直(じか)の)現われとしての「からだ」と「ことば」を終生かけて求め続けました。竹内は「いのち」への信頼を、絶対的に肯定していたのです。

 林竹二は、『若く美しくなったソクラテス』(林竹二著書名)。
ソクラテス、プラトンの哲学者・教育者として教育の問題を考究し、子供の「いのち」の可能性を問い、自ら日本各地を回り授業実践を繰り返しつつ、教育や教師の在り方に変革を求めた人物です。教えるものと学ぶものと間に成り立つ「いのち」の受け渡しを「若く美しくなった」と表しています。

 師匠たちとの出会いから36年の日々が流れました。1988年に私は師から独立し、人間と演劇研究所を立ち上げ、彼らの実践に学びつつ、これまで「野口体操」と「からだとことばのレッスン」の指導を続けてきました。

 来年には人間と演劇研究所創立30周年を迎えます。師匠たちの「いのち」から私の「いのち」へと受け渡された課題を明らかにすることに、30年の日々を費やしました。師匠たちの「いのち」の風に後押しされながらこれまで進んできましたが、遅れ馳せながらようやく私の中から「いのち」への眼差しが劈かれたようです。これからは「からだとことばといのちのレッスン」の名称のもと、この時代の中で、私なりの新たな実践の道を歩み始めることと思います。

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 「いのち」とは、「い」=いき・息・生き・活き、「ち」=ちから・地・血・霊力などの意味を合わせ、「いき」の「ちから」を表す日本語です。「からだとことばといのちのレッスン」は、「いきのちから」=「いのち」の現われとして「からだ」と「ことば」をとらえています。

 実際には、姿勢と「いき」の関係を大切にしています。「からだ」のこわばり(緊張)をほどき、「いき」の変化に繊細に反応し、自在に変容する「からだ」=「姿勢」を準備する。(野口体操‐いきと姿勢のレッスン)

 「いき」の赴くままに「からだ」を動かし、自意識を介さない「からだ」から「からだ」への直接の「うごき」のコミュニケーションを体験する。(野口体操‐流れあいのレッスン)

 「からだ」の隅々まで「いき」を通し「声」を発し、「いき」=「こえ」を体感する。(竹内レッスン‐からだと声のレッスン)

 「ことば」で他者と触れあう、響き合う。「いき」の深さと広がりの中に、他者の「からだ」に共鳴し感情やイメージを伴って現れきたる「ことば」と出会う。(竹内レッスン‐呼びかけのレッスン)

 コミュニケーションを、自分と他者(あるいは物)との「いのち」の流れ合いととらえれば、「からだ」と「ことば」に関する様々な出来事が、レッスンとして取り上げることが出来ると思います。日常的な料理や掃除・家事一般衣食住、学び、健康、スポーツや武道も、踊り、歌、祭りも・・・。「いのち」の側から見ることで、日常の生活や学びが新たな意味を帯び立ち上がってくることでしょう。

 「からだとことばといのちのレッスン」は、当たり前のことを日々当たり前に生きるためのレッスンです。日々当たり前のことの中に「いのち」の喜びを見出し、生きていること自体の静かな豊かさを発見していくレッスンです。「いのち」を主体として生きることの意味をみんなで問い続けて行きたいと、私はそう思っています。

 2017年6月16日
 人間と演劇研究所代表 瀬戸嶋 充・ばん

【ブログを更新しました】(Facebookコメントより)
瀬戸嶋充・ばんの旅立ちの宣言です。脳・神経系、つまり自意識が主導権を握っているから、世の中おかしくなる。「いのち」に立ち返り、新たな道を見つけていこう。私の反骨精神のあらわれです。

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テーマ:人生を豊かに生きる
ジャンル:心と身体
2017年06月05日 (月) | Edit |
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 竹内敏晴研究というブログを立ち上げたのですが、記事を書くのに四苦八苦しています。簡単に言えば、竹内レッスンは言葉になる以前の「からだ」をテーマにしているからです。私たちはおおよそ、言葉にならないものは、存在しないことと同様のものとして扱っているようですが、そんなことありません。

 むしろ言葉にならない世界の方に、私たちはより多く支えられ促されて日々を過ごしていると思います。そのような言葉にならない世界でのことを、私は言葉にしようというのだから、無茶な話ですね。とうぜんレッスンの中での、私の個人的な体験から書き出していくしかないようです。

 母音「あ」の声を出すレッスンがあります。からだの緊張をほどいて、「からだ」の中の道筋(通り道)を開放する。声を出すと、「からだ」から明るい「あ」の声が、堰(せき)を切ったようにあふれ出してきます。この時に「こえ」を出そうとする努力や頑張りは一切必要ありません。あまりのあっけなさに、声を出した人は茫然としています。周りで見ている人も、眼をまるくして声を失っている(笑)

 ふつう一般に、声というのは緊張して努力をしなければ出ないと思い込んでいるのでしょう。人前で声を出そうとする瞬間に、のどに力を入れて声帯を絞めたり、大きく息を吸って胸を持ち上げたり、顎を上げたり、気を付けの姿勢をしたりと、声を出すためには、先ず緊張ありきが常識になっているようです。

 私から見れば、このような緊張(身構えと言います)が声の出なくなる原因です。声というのは声帯の振動が、「からだ」全体に共鳴して響きだします。声帯の振動だけでは耳に聞こえる音にはなりません。ギターの弦の振動がギターの胴体に伝わって、音色を響かせるのと一緒です。弦(声帯)だけを取り出して爪弾いて(震わせて)も音は出ません。

 声が良く出るためには、弦=声帯をいじるのではなくて、からだ全体が楽器のように良く共鳴するよう、からだのこわばり=緊張を取り払ってやれば良いのです。

 縦笛を、人間のからだと考えるとわかりやすいと思います。笛は中空の管です。それが折れ曲がったり塞がったりしていては、笛の音は響きだすことができません。人間の場合も、足裏から天頂へと、中空の管のように、からだの中の空間が吹き抜けていて、姿勢は柔らかく張りをもって支えられている必要があるのです。その時「こえ」は、心地よく楽しく響きだします。

 「からだの中の管?」「空間が吹き抜ける?」と、不思議に思われるかもしれませんが、このような感じ方は、レッスンの中で実際に成り立ちます。野口体操ではこのようなからだの感じ方を大切にしています。竹内レッスンではこのようなからだの感じ方、在り方を基本にして、声・ことばのレッスンをしています。これは体験することでしか、分かる、つまり言葉にすることが出来ないことなのです。

 さて、管を折り曲げたり塞いだりして、声の響きを閉ざす原因は、からだの強張り(=緊張)です。声を出そうと努力し緊張することも「からだ」を強張らせ、声が響きだしていくことを妨げます。このような緊張(発声への身構え)を取り去っていけば「こえ」があふれ出していきます。

 ここでまた不思議なことですが、「からだ」という笛(管)を、吹き鳴らすのは「誰か」という問題が出てきます。意識の指令よる緊張努力によって声が出ると思い込んでいるうちは、声を出すのは自分だと決めつけられる。ところが良く声が出ているときには、自分が声を出しているという実感がないのです。「こえ」自体が、自分の「からだ」の中から、他者あるいは周囲に向かって溢れ出していることは意識できるのですが、自分が声を出しているという実感は消え去ってしまうのです。

 まるで「こえ」という実体(生き物)が、からだの中に住み込んでいて、門(緊張・強張り・自意識)を開けば、「こえ」自らが勇んで外界に向かって飛び出して行くようなありさまです。家主の私(自意識)は「こえ」が出ていくのをただ見送っている、そんな感じです。からだを吹き鳴らすのは「こえ」自体なのです。

 野口・竹内の実践の延長上にある発声レッスンとは、このような「こえ」との出会いを基本にしています。発声の主体は「こえ」自体にあり、私(自意識)ではありません。私自身の意識的な指令による緊張は「こえ」の現われを妨げるのみです。平たい言い方をすれば、「よく声が出るためには、自意識のチョッカイを如何にして辞めさせるか」それがレッスンの目指すところとなります。

 「こえ」が主人で、従者は私の自意識です。ふだんの関係の逆転です。「こえ」が自由に溢れ出すために、自意識は「こえ」に道を譲るのです。その譲り方を学ぶのが「野口体操」と「からだとことばのレッスン」です。
 では「こえ」は、「どこから」私のもとにやってくるのか?あまり突っ込んで考えるのも無理があるので、「こえ」とは「いのち」の現われであると、私は言っています。それが分かったからと言って、声が出るようになるわけではありませんから。繰り返し声を出すことで、主導する「こえ」自体の働きによって、知らぬ間に私は導かれ劈かれて行くのです。

 「こえ」に道を譲る。この道は「いき」の流れる道でもあります。「こえ」を出す(ひらく)ことで「いき」の流れによって、地から天へと姿勢が調えられていきます。地と天との間を往還する「いのち」(いきのちから)の流れが、私を超えて他者や環境と交響します。その延長に、物語の世界を「こえ・ことば」を通して語ることが、私を待っています。

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 自分の声のことで、苦労をしている人が案外多いように思います。ボイストレーニングや発声法の本が書店の本棚を賑わしているようです。それらは「良い声」またはその「出し方」を学ぶことが基本になっています。私はこの考え方に疑問を持っています。誰もがその人なりの「こえ」を持っている。それは、工夫して作りだされるものではありません。もともと持っているのですから、それを開放してあげれば良いのです。

 何らかのテクニックをもって、自我(自意識)の命令で自分を作り変える。あるいは思い通りの理想の自分になる。自己実現と良くいいますが、このような考え方を私は信じていません。

 本来より持ち合わせている個性。それは自分の中に住みこみ、表現される機会を待っています。そしてその個性は無限に変化を繰り返すことで、時間をかけて自己を明らかにしていく、「いのち」の現われとしての自分です。個性とは自分で作り出すものではありません。「いのち」の風に促され、磨かれ立ち上がってくる私の姿です。

 「こえ」に道を譲る、と書きました。西洋近代における合理主義的な生き方に、このような発想はないでしょう。すべてに「私」(=自分・自我・自意識)が優先されます。その「私」を「いのち」の働きに譲る、あるいは明け渡すというのは、自分を失う恐怖をともなうことでしょう。

 ところが日本や東洋の伝統は、「私」を失うことに価値や意味を見出しています。凝り固まった自我を手放さない限り、世界の本当の姿が見えてこない。当然、本来個性的である自分をも見ることが叶わないのです。

    *    *    *

 竹内レッスンも野口体操も、教えることや学ぶことの根に、このような東洋的なものの見方考え方を持っていました。意識の表層を蔽う固定したものの見方考え方を剥ぎ取り、内在するリアリティー(本質・真実性・いのち)へと出会いを深めていくやりかたです。それは何かを加え積み重ねて、あるいは微に入り細に入り物事を突き詰めていくやり方ではありません。何かへのしがみつきを、次から次へと引きはがしていく方向です。言葉になる以前のところに集中し、繰り返し新たに道を見出していく作業ですから、言葉で説明するのが難しいのです。

【以下Facebookのお知らせより】
この度「竹内敏晴研究」という共同のブログを立ち上げました。竹内敏晴に影響を受けた、様々な人たちの記事をブログの中に放り込み、そこから何が生まれてくるかを観てみたいと思ったからです。私も世話人として記事を投稿しなければと思いながら、実際のところは記事を書くのに四苦八苦をしています。自身のブログを書くのでさえ、暗中模索の連続なのに、さらに竹内にまつわる記事を書く!!!しばらくは、どちらのブログにも同じ記事が並びそうです。お許しください(笑)
「竹内敏晴研究」世話人は3名、元竹内演劇研究所スタッフの三好哲司、卒論を書くのに様々な竹内関係者をインタビューして歩いた八木智大、そして私(せとじま・ばん)です。
「竹内敏晴研究」ブログは、投稿のテーマを決めていません。竹内に会った人、本を読んだ人、ご自身の興味で、記事を投稿していただければと思っています。
ブログは http://takeuchi-toshiharu-kenkyu.blogspot.jp/ で、ご覧いただけます。投稿をしていただける方がいらっしゃいましたら、takeuchi.toshiharu.kenkyu@gmail.com 瀬戸嶋宛にご連絡ください。
(瀬戸嶋 充・ばん)

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2017年05月22日 (月) | Edit |
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 世間がミレニアム、2000年紀に沸いていたころのことです。

 私は、鈴木大拙さんの著作に出会いました。彼は、明治時代に米国に渡り西洋の人たちに仏教書の翻訳や禅の紹介をした人物です。私が読んだのは、禅や日本文化について英文で出版されたものを、日本語に翻訳したものでした。

 読んでいると、なにか心にスッと入ってくるものがある。内容を理解しようとしても、意味が分からないところが多々あるけれど、自分の解釈を挟み込まずに、ただ字面を追うように読んでいると、感動して涙が出てくる。ああこれだ!これだ!と文章に頷いたり、読みなれない漢文に居眠りをしたり。心が強く動かされました。

 なんでこんな文章に、自分が感動しているのか、全く見当がつつきません。読みなれない文章が多く、そもそも意味がほとんど分からない。

 大拙さんの英文を、日本語に訳したことに意味があるのだろうと私は考えました。彼は、英米文化という、日本とは全く異なる文化の中に、東洋思想並びに禅と日本文化を伝えてきました。明治時代にサンフランシスコの地で、お経や道教の文献の翻訳をして過ごしたのです。近代合理主義の西洋社会の中で、西洋の言語をもって、一見、前近代的と見られる東洋の思想(=ものの見方と考え方)を伝えようと奮闘した人です。

 西洋人に理解できるよう、彼らの論理や思考(言語)に則って著わされた文章が、月日を経て日本語に翻訳され、私の手元に届いたのです。それを読んで私は感動している。

 本の中で語られる日本の文化は、意識を介さずに、私の感性へと直接に訴えてきました。それに比べて西洋由来の文物は、壁を隔てて無理やりに自分のものにしなければと、いつも努力を自分自身に強いていたのでしょう。自分のものの見方考え方が、いかに西洋化して(されて)いたかを、このとき思い知らされたのです。

 (野に咲く花は言葉少なに春の訪れを私に告げてくれる。
近代的な知と技術によって品種改良を重ねた大輪の花は、私に大きな声で訴える。
私の美しさはあなたの物ですと語り掛けるよう。
大輪の花は、私の意識に訴える。私の脳に刻印を与えるかのように。
野に咲く花は、私の中にいつの間にか入り込み、揺れて微笑む。)

 これまで長らく、人生の中で抱えてきた違和感の正体が見えてきたような気がしました。西洋列強による世界の近代化・植民地化がもたらした文化の移入による変化は、私という存在を内と外(深層と表層)に分断してしていたことがわかりました。

 世間によってこれが素晴らしいと価値を認められるものが、私にとって大切なものとは思えない。高度経済成長と軌を一にするようにして育ったにも関わらず、私はその時代を牽引する西洋由来の価値観(合理主義)を受け入れられずに来ました。あるいは、それを自分とは関係のないもののように感じながら、これまで過ごして来たのです。大拙さんの著作を読むことで、西洋由来の思想や文化に価値を見出すことができずに来た自分を、発見することができたのです。

 その後、3年がかりで大拙さんの全集33巻を読破しました。相変わらず理解は届かないけれど、仏教には、私の心に直に触れてくる「何か」があると感じていました。実際に「坐禅会」に参加してみたこともあり、そこには私が子供のころから、学校や社会から学び学ばされてきた、ものの見方考え方とは全く異なる世界観があることを体感し、理解をしはじめました。

 とくに日本文化を支える大地性と身体性が、私の中に浮かび上がってきました。そしてそれまでずっと掴み切れずに来た、竹内敏晴・野口三千三の両氏が語る、「からだ」(漢字の「身体」ではなく、ひらがなで「からだ」と語る。「野口体操」と「竹内レッスン」のキーワードです)の意味が、おのずと観えてきました。

 それまでは、彼らの語るところを、私の意識の表層にのっかっているだけの、自分の中に根を張ることのない知識で理解しようとしていました。それは骨格や筋肉など近代解剖学の知見に基づいた「身体」への理解、物理科学による運動論、生化学からの医学的身体観、心理学の知識、等々、私が無自覚に頭に詰め込み、身に抱えていたものです。

 (私は物理科の大学を出ています。子供のころから大学を卒業するまでに、人並みに一生懸命そんな科学の知識を身に付けてきたのですが、まあ、「馬子にも衣装」みたいなものですね。馬子には馬子の生き方あるはずなのに、衣装が独り歩きしていたように思います。)

 以来、西洋由来の近代科学的な見方や考え方に囚われず、直接に「からだ」を観ることが始まりました。知識を介さずに直接に自他の「からだ」に関わることへと、道が開けたと言えます。そしてその足取りを導くように、仏教や東洋の考え方がレッスン実践への、行き詰まりを解いてくれる。仏教の考え方は、仏さんが答えを出すのではなく、自ら答えを求める者のダウジングロッド(方向指示器)みたいなものです。「そっちではないよ。こっちだよ。」と暗黙の裡に静かに語り掛けてくれていました。

 以来、私は自分の中に詰まった、近代的なもの見方や考え方(意志や頭脳の能力を第一義とする)を疑い、自分にとって一つ一つ確かめては手放して行くことをしてきました。その呪縛を一つ一つ切り離しては、自由になっていった、自分に還っていったともいえそうです。そのことで仏教の考え方の意味が身に染みてきます。自分の深層に隠されていた仏教の持つ考え方(感じ方)が浮き上がってきて、新たな観点が生まれてきました。

 竹内レッスンも野口体操も、西洋から移入されたものではありませんでした。私の師匠、竹内敏晴は江戸の名残の多い下町に育ち、学生時代は弓の達人でした。彼の度外れた集中力は、弓道で培われたものです。野口三千三は群馬の農家の出身です。彼は土に育まれ、近代体育を極め、それを超えて独自の体操を編み出しました。彼らのレッスンの実践と思想は、日本の風土、大地性を離れては成り立たないものです。

 それを私は、常識的な西洋的知見によって理解をしようとしていた。そこに、そもそも無理があったのです。

 こう言ってしまうと、西洋思想の価値に対する否定になってしまうかもしれません。もう少し丁寧に言うと、西洋思想を手放したといっても、それが消えてしまうわけではありません。生活していくために、世を渡って行くために、合理主義的な考えを理解することはできるのです。手放すとはしがみついていた手を放すことです。それに縛られない。思想や価値観に縛られないということが大切だと今では思うのです。様々な思想や価値観を持っていることに問題はないのですが、それに縛られてしまうと、物事を直接ありのままに見ることができなくなる。

 戦後の教育によって、西洋由来の思想や価値観が、絶対のものとして無自覚のうちに私の頭脳に刷り込まれ、私自身がそれに縛られて、合理主義的意識のフィルターを通してしか、物事が見れなくなってしまっていたのです。そこには自縄自縛があって、物事の本質をありのままに見る自由が、奪われてしまっていたのです。

 また、せっかく自分の中から育ちゆく個性的な考えがあったとしても、一般的常識的な価値観がその表現を阻害してしまう。これは東洋思想、もちろん仏教についても同じことです。それが縛りになって、現実を直視できなくなっては何の意味もないのです。

 多様な価値観という言葉が流行っていますが、多様な価値観を認めるということは、そう思う一人一人が、自分の思想や価値観の呪縛(しがみつき)から自由になるということがポイントではないかと思うのです。これは、キリストもブッダも同じことを言っているかもしれません。

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(以下Facebook補足のコメント)
【ブログを更新しました】
「自由」って何だろう。鈴木大拙さん曰く「今一般に使われている「自由」という日本語は、英語の「freedom」あるいは「liberty」からの翻訳である。どちらも「何々~の自由」つまり束縛するものが前提として在って、その束縛からの「自由」が「freedom」あるいは「liberty」である。けれども日本語の伝統や仏教の中の「自由」という言葉には、束縛・拘束からの解放というニュアンスは入ってこない」とあります。「自由」とは「自ずからに由りて」とも書いています。この「自」は「自我」つまり「私」ではない。「いのち」の働きそのもの=「自(おのずから)」に由りて、生かされ行動していくのが日本語の「自由」だと言っています。これは日々「いまここ」を生きることでもあるようです。私の師匠たち(野口三千三・竹内敏晴)は、「からだ」は「から(空・無・虚)」「だ(た・たち・立・経)」だ、などと言っていました。「身体」=肉体・ボディーではなくて「からだ」。これも「いのち」の働きを前提としています。それでは「いのち」とは何を表す言葉なのか?一つ一つの言葉の定義を見直していくことの重要性を強く感じています。そうしないと形骸化して中身の得体のしれない言葉が飛び交って、人間のつながりがが切り離されていく、そんな危惧を感じている今日この頃です。(せとじま・ばん)


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2017年05月12日 (金) | Edit |
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 逆から言えばわかりやすいと思いますが、新宿の雑踏を行く人たちの姿を見ていると、ほとんどの人が、意識が胸から上に揚がってしまっている。腰から下、下半身への意識がなくなってしまっています。

 道行くその姿は、隙を見せぬかのように、息を飲み込み胸と喉を詰め、顎を持ち上げ、まるで胸像が互いに人ごみの中を行き交っているような有り様です。意識を総動員して上半身で自分を表現しているのかも知れませんが、足腰は自動ロボットのよう。足元に個性や性格などありはしないしないと言う塩梅です。
 様々な履物に足を包みながらも、どれも同じような表情の足。足は物体としか見ていない。生き物ではない。ギクシャクとした足取りなど、誰も問題にしていません。足腰のことなど老人の問題で私には関係ないとでもいうように、街中を闊歩している姿が目につきます。

 前置きが長くなりましたが、新宿の路上を行き交う人の意識の置き処(自分)は、胸から上になってしまっているのです。時代の成り行きで仕方のないことかもしれませんが。

 この頃は「いきと姿勢のレッスン」を大切にしています。意識が上に揚がっているのだから、それを下半身に下げる練習です。
 胡坐(あぐら)をかいてお尻に座布団を敷きこんで、臍の下あたりに意識を置きます。
 息の出入りに伴なってお腹の中身が変化しています。内圧の変化というと難しいかもしれませんが、息を吸うのに伴って横隔膜が下降し、お腹の中の気圧が高まります。吐けば気圧が低くなる。

 お腹の皮が張ったり緩んだりで、誰にでも分かることですが、表面的な皮膚の伸縮運動よりも、お腹の中の感じが変化することに注意を向けることを大切にします。
 骨盤に囲まれた空間は、後ろは仙骨、横は腸骨、お腹の前側を囲む骨はありませんが、盤とは器ですから、恥骨や座骨も合わせて、ワイングラスの底のように骨盤は胴体の中身を下から支えているわけです。

 骨盤の中身の変化に注意を向け、呼吸に伴う骨盤の内側の微かな動きを感じてみます。基本はこれだけです。
 姿勢は頭蓋骨のてっぺんの蓋を開けて、上からのぞき込むと、からだが柔らかい管になっているようなつもりで軽く姿勢を支えます。

 あくまで大切なのは、呼吸(いきの出入り)に伴う、骨盤の中身の微細な変化に着目することです。できれば臍から下の骨盤に加えて、足・脚・床の下まで注意を広げてみます。
 「いき」に意識を向けていると、面白いことに脳が抵抗を始めます。
 「どうやって息をすれば良いのか?」「このやり方で良いのだろうか?」「息が苦しいのだけれどどうしたら良いのか?」「こんなことして何の意味があるのか?」「今晩のおかずはどうしよう?」「腰が痛い、膝が痛い、足が痛い、鼻が詰まる、息ができない」「眠い」「気持ち良い!」「光が見えた!」「これは素晴らしいことだ!」「宇宙がイメージできる!」・・・。
 書き出せばキリがないことですが、これらは全て「いき」の微かな変化に意識を向け続けようとするとき現れてくる、脳が意識に介入しようとして見せる妄想です。

 脳は、意識が「いき」に向かうことを嫌うようです。集中を妨げようと、ありとあらゆる幻想を見せてくれます。
 まあ、妄想だからといって毛嫌いすることはありません。ただ、問題となるのは、妄想に意識を捕らわれているときには、「いき」の変化への注意がおざなりになってしまっていることです。

 子供の我儘に耳を貸さずに、大人が大事な用件に注意を向けるのと同じです。妄想は脳の我がままですから、自分がその雑音に捕らわれていることに気が付いたら、お腹の「いき」に意識を戻せば良いのです。これだけ!

 なのですが、脳(自意識・自我)は繰り返しあの手この手で、チョッカイを出してきます。その都度、お腹に注意を戻すしかありません。実はこのチョッカイは、意識が「いき」に集中していることへの証明でもあります。集中への道標の役割を果たしているのです。

 妄想が出てきたら、それを離れてお腹に意識を戻す。これを繰り返すのが、「いきと姿勢のレッスン」の内容です。
 一種の筋トレです。普段の浅い呼吸に合わせた呼吸筋の使い方(身体全体の筋肉の使い方でもありますが、その運動イメージ)は、脳の中にインプットされています。それを深い呼吸の身体運動イメージへと書き換えていくのです。
 脳は一度インプットされた身体の使い方の情報を守ろうとします。これが脳の性格です。そのため、先に書いたように、それを意識的に変更することに、脳は妄想でもって徹底的に抗おうとするのです。

 お腹の中の「いき」の微細な変化に意識を向ければ、脳は妄想を見せます。「いき」に集中できている証拠です。集中できていなければ妄想は現れません。
 ただし妄想に耽っていては「いき」への注意を離れてしまう。そこでまた「いき」に意識を戻します。しばらくするとまた妄想が浮かんでくる。「素晴らしい考え」や「光が見える」など、魅惑的な妄想もありますが妄想に変わりはありません。そこでまたお腹の中の「いき」に意識を戻す。
 「いき」と「妄想」の間を行ったり来たりするその往還運動の繰り返しが、実は「集中している」ということなのです。集中とは、不動の静止の中に浸ることではありません。変化とともにあることなのです。

 この往還する変化の渦中を、自分の置き処とすることができるようになるのが、「いきと姿勢のレッスン」なのです。
 当たり前のことですが、生きている限りは呼吸に終わりがないのと同じように、当然「いき」のレッスンに終わりはありません。
 けれども僅かずつではありますが、繰り返すことで「いき」の置き処が変わっていきます。

 あまり目先の効果を謳いたくないのですが、10分ほど「いき」に意識を集中するだけで、「からだ」(感覚)と「こころ」(気持ち)に変化が出ます。ともかく「気持ち良い!」という感想が多いのですが、そのほかにも「からだもこころも楽になった」「スッキリした」「ずっと坐っていたい」「重心が低くなった」「からだは軽いけれどもどっしりと安定している」「安心して坐っていられる」等々。

 胡坐をほどいて立ち上がってみると、「地に足がついて、立っているのが楽だ」「背が伸びた・背が高くなった」「視野が拡がった」「周りの様子がよく見える」「立っていることが楽しい」「動き出したくなる」「重荷を下ろしたようだ」等々。普段とは違う自分の「からだ」と「こころ」が現れてきます。

 そして、明るく柔らかく静かな空気がその場を満たします。一人一人の「からだ」がゆったりとその場に解き放たれます。人とともにいることの安心感が生まれます。

 冒頭で、新宿の雑踏を行き交う人の意識の置き処(自分)が胸から上になっていることに触れました。
 自意識(自我意識)を前面に立て路上を闊歩する人々の姿がそこにあります。脳を司令塔の頂点に立て、意志の力で自分を引き上げ、人群れの中を渡っていく。それは、意志のアンテナを張り続け、意志的な緊張を常に心身に背負いながら、自分(自我)を保ち続けている姿です。

 意識の置き処は脳であり、その支配力を持って自分をコントロールし、状況や他者に向かい自分を在らしめている。
 そのため脳は常にフル回転をしている。睡眠時のほかは、脳の休まる暇がありません。
 さらに脳が回転しているときには、常に身体も状況に対して緊張し身構えています。自意識も次から次へと考える作業に明け暮れています。

 こんなことを続けていれば、心と体を四六時中張り詰めていることになり、神経症や心身症に陥って当然です。その上せっかくの休日でも自意識は普段通りに働き続けてしまう。本当の休息は成り立ちません。

 さて、意識の置き処がお臍から下に降りてくるとどうなるか。まず、自意識の暴走する様子を、距離をとって眺めることができるようになる。

 お腹の位置から頭上を眺めて「脳(自意識)のやつ、相変わらず頑張ってやがる。そろそろ脳スイッチをオフにしないとヤバイぞ!」という区別がつくようになる。
(働きすぎの警告は脳にはできない。脳は情報処理にひた走るだけ。壊れるまで走り続ける)

 「あの人はああ言ったけど、私の腹には響かない。くよくよ考えてもしょうがないから、放っておこう」などと、何が私にとって肝心なことかそうではないかという区別がつき始める。結果としてクヨクヨすることがなくなる。
(脳の働きは、コンピューターみたいなもので、どんな情報でも構わず処理をしようとして、様々な状況の変化を一律に取り込み、すべての情報にしばられ引きずりまわされ、選択ができなくなる)

 感情に巻き込まれることがなくなる。あるいは感情の働きの豊かさ(喜怒哀楽)を楽しめるようになる。
(情緒の不安定は脳の働きを阻害する。そこで脳は感情を押し殺そうと緊張を強いる。そこに葛藤が生まれ感情を閉じ込めたしこり=トラウマが形成される)
 胸の中でもやもやしているものが、お腹から眺めれば、解決の糸口が見えてくる。大変だねと、お腹の側から声をかけることができるようになる。

 これは、私にとって何よりの意味といっていいのですが、道端に色とりどりに咲き誇る、小さな花々の姿が私の意識に飛び込んでくる。
先に脳とお腹(呼吸)の往還運動と書きましたが、そこに心の空間が開けるのだと思います。
 風の吹き渡る声、鳥の囀り、花の彩りや香り、自然の息吹が見るとは無しに、向こうから私の「からだ」=「こころ」に飛び込んでくるのです。

 お腹に意識を置くことは、古来、日本の風土の中では当然のことだったようです。明治に始まる西洋由来の近代化以降、私たちは「自意識」=脳に置いた意識を中心に、物事を捉えるようになってきました。
 「からだとことばのレッスン」は、古来日本の身体文化、あるいは身体哲学の価値の復権・生まれ変わりを願うものです。意識をお腹に置く。自然や他者とは、ひとつながりの「いのち」より現れては消える、多様な個々であることが身をもって了解されてきます。

 満員電車も新宿の雑踏も、「いのち」の花の咲き誇る場となれば素敵かもしれません。「妄想」ですね(笑)


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2017年04月30日 (日) | Edit |

2017-04-19 003ed 

 「からだとことばといのちのレッスン」の成立する場は「いまここ」である。

 例えば何かを見るとき。「これは木だ」「これは水だ」「これは草だ」「あれは人だ」「これは女だ」「これは男だ」「あれは誰それだ」などなど、一瞬ではあるが、私たちは目に入ったものが何であるかを頭の中で考え、眼に見えたものを区別している。

 聞くことも同じだ。「風の吹く音だ」「虫の声だ」「鳥の囀りだ」「自動車の騒音だ」「川のせせらぎだ」などなど、私たちは頭の中に納められた過去の体験(記憶)をたどって、それに相応しい名前を充(あ)てている。

 今現在、目の前に起きている出来事を理解しようとするとき、私たちは五感でとらえた体験を、一瞬のことではあるが、必ず頭脳にある過去の記憶に照らしてその意味を考え出しているのだ。(実は未来を思い描くのも同様の作業である。過去の体験の組みなおしによって、描かれるのが未来である。未来を描くことも、意識が過去に向かうという意味では同様のことである)

 ここで注意したいのは、理解が成り立つためには、それが一瞬であれ、僅かに時間が掛かることである。目の前で起きていることを眼でとらえ、その意味が分かるまでには、脳の働きを待たなくてはならない。眼に入ったものごとが意識されるのは、僅かな時間を措いてのちに成り立つのである。私たちの認識は体験から僅かに遅れて成立するのである。私たちが見ていると思っているのは、過去の出来事となる。現実の方が僅かに先を走っているのである。私たちが現実と感じとり見ているものは、厳密には現実から切り取られた断片をもとに、脳の描いた過去の虚像なのである。

 それだけではなく、脳の働いている瞬間、私たちの注意(意識)は対象を離れて自分の中(頭脳)に向かう。五感の対象であった現実から意識が離れ、一瞬ではあるが、目の前の対象は消えてしまうのだ。私たちの対象への意識集中は、実は途切れとぎれの、フィルムのコマ送りである。

 「いまここ」は、現在の体験を、「ある時ある所で」というような、過去に照らして意味づけしようとする脳の働きの介入を許さない。「いまここ」とはいまその時々に私と対象との中に交流(交感)し合い息づいている、途切れることのない「いのち」のあらわれである。「いのち」が自ずより活躍する場なのである。

 それでは、過去にとらわれずに、「いまここ」に立つにはどうしたらよいか。意識が頭脳に囚われる瞬間、それ以前に行動を起こすことである。そしてそこに現れる「いのち」の働きに我が身をゆだねることである。

 「自分に話しかけられたと感じたらパッと(その瞬間に)手を挙げてください」これは「竹内からだとことばのレッスン」の中で代表的な、「話しかけのレッスン」。その始めに語られる言葉である。5~6名の人が床に座り、ひとりの人がそのうちの1人に向かって短い言葉で話しかける。自分に話しかけられたようだと手を挙げた人がいれば、話しかけられたその時にはどんな体験があったのかを聞いてみる。それ以外の人にも、彼が話しかけた瞬間を振り返り、その時の体験を話してもらう。

 実際にやってみると「自分に話しかけられた」とサッと手を挙げる人は先ずいない。一人一人の体験を尋ねてみると「声が手前に落ちた」「あっちの方の誰かに話しているようだ」「自分に話しかけているような気はするが、はっきりとそうだとは言い切れない」「私とは関係ない人に話している」等々、声の軌跡(光跡)が目に見えてくる。声が聞こえるだけではなく、声が見えるのである。

 ここでは、「こえ」自体が「いのち」の現れである。そこに見えてくるのは、話しかける者の「いのち」が、聞く者の「いのち」との合一(出会い)を求めて、「いまここ」にその働きをあらわにしている。分断された「いのち」は元来の「ひとつ」であることを求める。

 「話しかけのレッスン」の中で体験される届かぬ声とは、「いのち」のあらわれに対してそれを妨げる自我のあり様を、その瞬間にあらわにする。「いのち」を私物化し、それを自我の管理下に取り込もうとする意志と、「いのち」の持つ自発性との葛藤が、その瞬間の中=「いまここ」に浮かび上がってくるのである。

 レッスンの中で、「話しかける」という行為は、じつは「いのち」から「いのち」への呼びかけである。それが私たちを「いまここ」へと誘(いざな)う道を劈くのである。(のちに竹内敏晴はそれまでの「話しかけのレッスン」という呼称を「呼びかけのレッスン」へと変更した。竹内もこんな思いを持ったのかも知れない)

 「いのち」は止(とど)まることのない「はたらき」である。その働きが私たちを捉え行動を促す。自己や種の生存に費やされていた力(エネルギー)は、再び「いのち」として解放され、ひとつの「いのち」へと還っていく。自我意識によって囚われ閉ざされた自己は、互いに互いを生かしあう自由の中に生きはじめる。ひとつの「いのち」とそこから生まれる、多種多様な一人一人の「あらわれ」は、春を迎えた草花たち、その一木一草の一つ一つの「いのち」の、まるであらかじめの約束に従うように、個々であることの鮮やかさを曇らすことなくひと時に咲き誇る、ひとつの「いのち」となる。「さきはふ」のである。

 これらは、非常に矛盾を孕んだ物言いと思われるかもしれない。しかしながら「いまここ」つまり「いのち」の働く場とそこでのあらわれに矛盾はない。そこに矛盾を見るのは、私たちの思念の側が矛盾を孕んでいるからに過ぎない。

 不思議という。「思い計らえず」と読むならば、不思議という言葉は、思い計らうことのできない存在のあることを認めることになる。不思議とは、分からない理解できないという表白ではない。思い計らえないものの側から、自分が問われることなのだ。これが「からだとことばといのちのレッスン」の不思議であり、一般向けにその意味を伝えようとすることの困難なところである。私たちはすべてが思議可能なもの、自意識で把握(思い計らう)のできないものは存在しないと、いつの間にか思わされてしまっているからである。

 思い計らうことによっては把握ができないのが「いのち」であり、その働きの現れる場が「いまここ」である。そして「いのち」の側からの働きかけに「からだ」を委ね、「いのち」の語る「ことば」によって、わが身は劈(ひら)かれる。「からだとことばといのちのレッスン」の目指すところである。

 瀬戸嶋 充・ばん

《付記》私は、竹内敏晴「からだとことばのレッスン」の実践と研究を続けてきた。竹内敏晴は「呼びかけ(話しかけ:旧称)のレッスン」のほかにも、「からだ揺らし(ほぐし:旧称)のレッスン」「出会いのレッスン」「砂浜のレッスン」「声とことばのレッスン」等々、「からだ」と「ことば」へのアプローチの形を残してくれた。その継承を目指して長年歩んできた私の中で、今では「何か」が変容しつつあるようである。そこで「からだとことばといのちのレッスン」へと名称を変えていきたいと思う。けれどもどのレッスンも名称や、やり方に関わらず、その根本に在るのは竹内の遺した「いのち」によって『劈かれる』ことだと、私は思っている。

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テーマ:創造と表現
ジャンル:学問・文化・芸術
2017年04月19日 (水) | Edit |

2017-03-19 007ed 

2月の下旬にはLINEを乗っ取られ、3月末には眼鏡と手拭いを終電に置き忘れ、一週間前にはパソコンがクラッシュ、昨夜は奥歯の根っこが抜け歯茎の皮一枚で口の中に納まっている。そのうえ2月の始めから、どんなに頭をひねってもブログが書けない。(けっしてサボっていたわけではありません)

「受難続き・・・!とっても大変だ~悲惨!」とは思っていませんが・・・。変わり目なのです。今までの自分を超えて何かあらたな局面が開けつつあるときには、以前にもすべての歯が口の中で砕ける夢を見たり、眼鏡を踏んづけて壊したり、ビーサンの鼻緒が切れたり。いろいろと予想外のことが起こるのです。

去年の暮から、この春は何か大きな変わり目の予感がしていたのですが。どうやら現実になってきているようです。それにしても今回はずいぶんと激しい変化の予告です。

おいおい整理していこうとは思っているのですが、3月中旬に開いた大滝村合宿が大きな転換点になっていると思います。まずなにより「野口体操」と「からだとことばのレッスン」へのかかわり方が変わってしまったようです。レッスンをしていて、参加メンバーのために何かをしなければならない、何とかしてあげなくてはという発想が、すっぽり抜け落ちてしまったのです。指導をする瀬戸嶋がそれでは、合宿が成り立たないではないかと怒られそうですが、その場の集中度は、以前に比べてはっきりと深まっていました。

あれ以来、私のレッスンが変化をしているのです。何かを工夫して、レッスン指導の中に持ち込んでいるわけではありません。むしろ私の意識できないところで、私の何かが変わってしまったようです。

蝶々が、芋虫からサナギを経て蝶へと成長するとき、サナギの中ではそれまでの芋虫のからだの中身が一旦ドロドロに溶けてしまい、そののち蝶の姿がサナギの中で形作られるそうです。私の変化もそれに近いような気がしています。

    *    *    *

今は新たに歩みださざるを得ないところにいます。そんなとき竹内演劇研究所時代にスタッフをしていたMさんから、「竹内敏晴研究」の立ち上げに協力しないかと誘いを受けました。その内実はまだこれから作り上げていくものですが、「竹内敏晴研究」の旗印のもと、これまでに竹内敏晴に影響を受けた人や著作に触れて心がうごいた人に、ブログに記事を投稿してもらうことからはじめていきます。

【以下に「竹内敏晴研究」ブログへの、私の所信表明を転載します】

『「竹内敏晴研究」の立ち上げに臨む私の思い』(せとじま・ばん)

竹内敏晴のいまを観てみたい」それが「竹内敏晴研究」の立ち上げに臨む私の思いです。

竹内敏晴によって蒔かれた種子が、あるいは劈かれた「いのち」が、今現在一人一人の個人の中にどのように息づいているか、それを私は観てみたいのです。

私にとって「竹内敏晴研究」は「いまを生きる竹内敏晴」の研究です。竹内敏晴はすでに亡くなりました。けれども竹内敏晴との出会いを通じて私たちに引き渡された「いのち」の流れは、目には見えないながらも、伏流水のように私たちの中にいまだ流れ続けていることでしょう。

竹内敏晴の「いのち」の流れの大きさ・深さ・激しさ故に、私たち一人一人の中に竹内との出会いによって劈かれた「いのち」の流れは、ときには世間と衝突し、あるいは社会からの突出を余儀なくされたこともあったでしょう。

けれども私たちが今現在もこうして生きているということは、自らの「いのち」の流れが閉ざされることなくこれまでの人生を乗り越え、いまだ流れつづけているということです。

私が観てみたいのはここの所です。竹内敏晴という存在や彼からの影響を、自らの過去の体験や知識、既成の研究方法によって意味づけすることに、わたしは興味がありません。学会や研究機関・団体、あるいは資料館や博物館のような役割を「竹内敏晴研究」に当て、竹内敏晴の事跡を浮かび上がらすことにも必要を感じていません。

竹内敏晴と出会った、あるいは影響を受けた一人一人が、自らを貫き流れつづける自らの「いのち」を深く見つめることで、竹内敏晴という存在の意味や意義は自ずと浮かび上がってくることでしょう。個人の「いのち」は川の流れや、樹木の枝が成長につれて枝分かれするように、一つの全体の一部分なのですから。

さらに、竹内敏晴レッスンのもつ独自性、それは同時に普遍性に通じるものと私は思っています。時代の振り子がその向きを大きく転回しようしている昨今、時代の変化に流されることなく、「いのち」の未来を指し示す手がかりが竹内レッスン(竹内敏晴の実践)にはあると思うのです。

    *    *    *

「竹内敏晴研究」立ち上げの私の所信表明になりました。あえて「研究会」としなかったことには理由があります。それは「竹内敏晴研究」が場を現すものとしたいからです。それぞれの思いを、会や団体の趣旨や決定に縛られることなく、自由に放り込める「場」。「竹内敏晴研究」を合言葉として、一人一人がその興味関心に基づいて、正直に自分の思いをさらす。

議論や対話・正解を求めるのではなく、それぞれの深い思いをそのまま放り込んで行く「場」としてネット上にブログを立ち上げたいと思ったのです。インターネットの時代だからこそできることだと思うのですが、さまざまな人たちの投稿の結果として、竹内敏晴の「いのち」がブログの中に息づいてくる。

竹内敏晴あるいは竹内レッスンを語る難しさは、彼が常に「いまここ」に足場を置いていたことに依ることでしょう。「いまここ」とは、常に流動し止むことのない「いのち」の涌きいずる「場」です。このブログが、そんな「いのち」の場に花開く、一人一人の「ことば」で満たされることを私は願っています。

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「竹内敏晴研究」のブログに、自ら投稿を希望される方がいらっしゃれば、メールtakeuchi.toshiharu.kenkyu@gmail.com宛てにご連絡ください。投稿の手続きをご案内します。

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最後になりますが、簡単に自己紹介をさせていただきます。
瀬戸嶋 充・ばん と申します。
私は1981~88年の7年間、竹内演劇研究所に於いて竹内敏晴の活動にかかわり、竹内演劇研究所解散のあと人間と演劇研究所を創設。その後現在に至るまで「からだとことばのレッスン」を自ら学びつつ実践を繰り返してきました。
私の近況は、人間と演劇研究所ブログhttp://karadazerohonpo.blog11.fc2.com/ に公開しています。ホームページhttps://ningen-engeki.jimdo.com/とあわせてご参照ください。

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勝手ながらの長文にお付き合いありがとうございました。

【以上が、新たなはじまりに立つ私のひとつの思いです】
人間と演劇研究所ブログにも、もちろん投稿を続けます。
どうぞよろしくお願いします。

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